(38)「母と娘」という形は、はっきりと失われた
8カ月前、異変に気づいて急きょ帰省した際に、すでに認知症はかなり進んでいた。しかしこの日は、状態は安定していると聞いてはいたものの、表情や反応はさらに乏しく、受け答えがかなり難しくなっていた。
私の記憶の中にあった「母と娘」という形は、この時、はっきりと失われたことを感じた。父が亡くなり、今や母の判断を支えるのは私だけになってしまったのだ。
私はゆっくりと、「もうすぐ退院になるけれど、その後は自宅に帰りたいか、それとも施設に入って生活の支援を受けたいか」と聞いてみた。母は、「家に帰っても私は何もできないから、施設にお世話になりたい」と答えた。それが本心だったかどうかはわからなかったが、言葉として出た以上、納得して準備を進めていける。
このやりとりをひとつの区切りとして、母のこれからの生活を支える責任を引き受ける覚悟を固めるしかない。そう思ってみたものの、事実は重くのしかかってきた。この時点で、母はまだ、父が亡くなり実家は無人になっているということを知らなかった。(つづく)
▽如月サラ エッセイスト。東京で猫5匹と暮らす。認知症の熊本の母親を遠距離介護中。著書に父親の孤独死の顛末をつづった「父がひとりで死んでいた」。