全身をかきむしって血だらけに…芸人ちびシャトルさん“アレルギー”との苦闘
30歳のときにすべての謎が解けた
すべての謎が解けたのは30歳のときです。名医と評判のアレルギー専門医を自力で探して受診したのです。
血液検査で大豆、小麦、生卵、豚肉、トウモロコシ、ナス科の植物(トマト、ジャガイモ他)にアレルギーがあることがわかりました。
先生から「血液検査は目安なので、自分で食べたり触れたりして反応したものはアレルギーだと思っていいです」と言われました。そして、アレルギーには食べてすぐ症状が出る即時型と、2~3日してから出る遅延型があることを知りました。即時型はわかりやすいけれど、遅延型を見つけ出すのは時間がかかりました。
また大豆アレルギーでも、ダメージ100もあれば20のときもあると知り、体調を考えながら大豆製品や小麦製品も食べる知恵がつきました。
ただ、比較的最近、疲れのピークにどうしてもバウムクーヘンが食べたくなって、食べたら案の定、全身にじんましんが出て、病院に駆け込んだらアナフィラキシーショックの一歩手前と言われました。以来、エピペン(アナフィラキシーの症状を緩和する注射薬)を持ち歩いています。
絶対ダメなのは、アルコールと生ものと日光。アルコールは触れるだけでもNG。日光は夏が一番ダメージ大なので長袖と日傘、専用の日焼け止めが必須です。ほかにもダメなものはたくさんありますが、細かく気を付けるようになったことで一時期のようなかゆみに襲われることはなくなりました。IgE数値も5000まで下がりました。
昔の写真を見返すと、自分でもビックリします。この頃に比べたら、今は全然大変じゃないと思える。昔の自分のおかげです。
母はつらかったと思います。病院以外にもたくさんの民間療法で治そうとしてくれたのに、傷に染みて大泣きするので、近所からあらぬ誤解をされても不思議じゃなかった。迷惑をかけてしまったと思っています。
それでも芸人を選んだのは、腕を縛って寝ている時期、ラジオやテレビのお笑い番組に救われたこと。バカ笑いしていると、血まみれの自分を忘れられたのです。いろいろな意味でしんどかった分、人のつらさを想像しやすくて、人の気持ちに寄り添える。それはありがたいことだと思っています。
(聞き手=松永詠美子)
▽1991年、長崎県出身。高校卒業後に一般企業に就職したものの1年で退職し、20歳から6年間、大阪・吉本興業所属の芸人となる。その後フリーで活動した後、現在の事務所に所属しピン芸人として活動している。「R-1グランプリ2024」では準々決勝に進出。著書に、自身が絵と文を担当した漫画「100倍アレルギー克服記~30年の苦悩から解放されるまで~」(太田出版)がある。
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