吉田秀彦さん<5>結婚して家族がいたら会社を辞めなかった

公開日:

 2000年9月、吉田さんは自身3度目のオリンピックとなったシドニー五輪に90キロ級代表として臨んだ。が、準々決勝の試合開始直後に右ひじ関節脱臼の重傷を負い敗戦。2度目の金メダルの夢は途絶えた。ときに31歳。次を目指すには現実的に難しい年齢だった。

 翌01年11月、全日本選手権の出場を最後に現役引退を表明する。

「正直言って、31、32の年齢になると、試合でなかなか勝てない。強い若手が下からどんどん上がってきますから。シドニー以降、頭の中のどこかで“ソロソロ引退”と思っていたのは確かです。

 そんな時に、たまたま総合格闘技から声がかかりまして。今まで鍛えてきた体を使って、もう一度勝負してみようかと思ったんです。ただ、現実的には新日鉄にお世話になって好きな柔道を好きなようにやらせてもらっていたわけです。生活の保障がある世界からプロという保障ゼロの世界に飛び出すときはさすがに迷いました。もし、結婚して家族がいたら、会社は辞めてなかったと思います」

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    菊川怜の夫は裁判沙汰に…女性芸能人が“成金”を選ぶリスク

  2. 2

    売り込みは好調も…河野景子“豪邸ローン2億円”の逼迫台所

  3. 3

    引退の稀勢の里を支える“太いタニマチ”と6000万円の退職金

  4. 4

    「ストライクが入らない」フランスアは高知で泣いていた

  5. 5

    安倍官邸“大号令”か 厚労省「実質賃金上昇率」水増し工作

  6. 6

    首相の姓を? 永田町に飛び交う新年号に「安」採用プラン

  7. 7

    辺野古「県民投票」不参加表明 沖縄県“アベ友”5市長の評判

  8. 8

    “第2のサンゴ虚報事件”で思い出す安倍首相の朝日新聞批判

  9. 9

    広島・誠也が打点王宣言も “新3番”長野に丸の代役務まるか

  10. 10

    長野以外にGベテランリスト漏れ 広島“ポロリ発言”の波紋

もっと見る