主人はミシュラン一つ星「神楽坂くろす」 女将黒須ゆきこさんの巻<1>
ENGINE(東京・神楽坂)
店名からは洋食系をイメージするかもしれませんが、中華料理屋さんです。中華というと、強い火力を当てながら中華鍋を振ったり、たっぷりの唐辛子でスパイスを利かせたりして豪快なイメージがあります。その点でいうと、こちらの松下和昌シェフの料理はとにかく繊細。
たとえば先日のランチおまかせコース(3500円)で1皿目の前菜は、ピータン湯葉とカツオのたたき。湯葉はムースのようにふわっふわで、見ても食べてもビックリの仕上がり。カツオのたたきはカシューナッツソースでいただきます。どちらも和食の繊細さが随所に見られながらも、口に運ぶと中華の味わいが広がるのです。
メニューには和の定番食材が
コースにつく点心は、イノシシの焼売でした。和食では、冬の牡丹鍋を楽しみにしている方は多いでしょう。イノシシ肉はウマ味がたっぷりで、鍋に最適。あの肉々しさを焼売で表現していて、野趣あふれる味わいが口いっぱいに広がります。獣肉の臭みは、もちろんありません。イノシシであることを隠されたら、分からないのではないでしょうか。
桃とイチジクに衣をつけてサッと油を通した一皿は、果実の甘味がほどよく、濃厚な焼売からの変化にビックリ。デザート的な要素を残しつつ、しっかりとコース途中の一皿になっているのです。次に登場するのは、松下さんの名物、酢豚ですから、口直しにもピッタリ。
壁にかけられた夜のメニューボードを見ると、春巻きにはサンマが使われ、ハモやマツタケといった和食の定番食材が並んでいます。和の風情を取り入れるのが絶妙な松下さんにかかると、麻婆ナスは、京野菜の定番・賀茂ナスで仕上げられるのです。
日本料理店の私たちもヒントにする中華の繊細さ
もう季節は過ぎてしまいましたが、初夏にはアユが春巻きに。これはとてもおいしく、日本料理店を営む我々にもヒントがたくさんあるのです。それを参考に主人も、アユに湯葉を巻いて揚げてみたりして、新しいメニューづくりに工夫させてもらっています。
黒酢酢豚は、黒酢の酸味と豚肉のウマ味がちょうどいい。真っ黒な色からは想像できない軽さですから、「酢豚を召し上がったら、おこげにソースをつけて召し上がってください」と言うのも納得。パリッとしたおこげがおいしいツマミに昇華します。
酢豚に添えられた野菜は長ネギのように見えますが、実は白ナス。和食のような食材選択と色づかいで、お腹も目も楽しませてくれます。
シメは、担々麺と冷やし中華の選択。担々麺はアルデンテに茹でられた細麺がゴマやラー油と絡んで風味がよく、冷やし中華はゴマベースのタレにほのかに柑橘と黒酢の香りが。どこまでも繊細なのです。
松下ワールドにひたると、皆さん、笑顔になります。ホッとしたいときにはぜひ!
(取材協力・キイストン)
■ENGINE
東京都新宿区神楽坂5―43―2 ROJI神楽坂1階
℡03・6265・0336
▽神楽坂くろす 日本料理の伝統をしっかりと踏まえつつ、ときに自由に。主人の黒須浩之氏は、現ハイアットリージェンシーやザ・リッツ・カールトン東京などで腕を磨く。リッツの日本料理店「ひのきざか」は2008年から3年連続で「ミシュランガイド東京」1つ星を獲得。12年1月に開店。
▼くろす・ゆきこ 神楽坂くろすの女将。女将になる前は銀行で働く。好きな食べ物はイタリアンや肉料理。