(1)蕎麦の汁で飲む
蕎麦をすすり切って、まだ残る酒をちびちびとやるひととき。ほぼ食べ終えたたぬき蕎麦の丼鉢の表面には、溶け残った天かすが浮き、ネギの切れ端が漂う。それを箸で掬いながら口へ運び、ぬるくなった酒を飲む。箸を入れては天かすを掬い、猪口を手にとっては酒を飲む。
うまいのである。今度は丼鉢を持ち上げて縁から直に汁をすする。そして酒をすする。いよいよ、うまい。燗酒を追加する。酒を持ってきてくれた姐さんが丼を下げようとするのを制し、汁を肴にしばし飲む。
私はこれを汁飲み、と呼んでいる。蕎麦の残り汁でなくてもよい。鍋でもおでんでも、味噌汁でも、なんでもいい。汁をすすりながら酒を飲む。
この数年の間で、格別だったのは、大阪は都島の立ち飲み屋さんで飲んだ、粕汁だ。カツオ出汁。塩した鮭のアラ、ダイコン、ニンジン、ちくわ、コンニャクなどを入れ、酒粕を投入して煮込んだ汁ものだ。その店は、味噌を入れずに仕上げていたので、真っ白ないかにも濃厚そうな粕汁は、口にしてみると意外なほど穏やかな味わいで、品がいいのである。
合わせたのは、たしか、「初雪盃」という銘柄のにごり酒だった。割りとさっぱりとしたにごり酒で、鮭の粕汁との相性はよかった。
そんな組み合わせがふと頭をよぎるのも、秋から冬への、おいしい季節への期待感からだ。
今号より、酒と酒場にまつわるお話をあれこれ開陳いたします。どうぞ、お付き合いのほど、お願い申し上げます。