関通 達城久裕社長(1)儲かるんじゃないか…22歳の時、軽車両の運送業を始めた
次に就職したのが産業廃棄物の収集運搬業。ゴミをスコップでダンプに積む仕事だった。仕事は激務だった。
「真夏に作業をしていたら、熱中症で倒れてしまった。『この仕事は続けられない』と感じ退職をしました」
その後、物流の会社に勤め、そこでひらめいたのが小口物流だった。
「当時、物流は2トントラックが主流で、軽車両というのは赤帽ぐらいしかなく、小口の物流をやったら儲かるんじゃないかと思った。そこで社長に提案したのですが、社長は二の足を踏み、やろうとしない。だったら思い切って自分でやってみようと考えたのです」
その後、自ら軽車両の運搬事業を始めた。達城22歳のときだった。 (つづく)
(経済ジャーナリスト・松崎隆司)




















