元プロ野球投手“げんちゃん”こと河野博文さん 高崎の居酒屋を閉めて、タマネギ農家に転身していた

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タマネギ農家への転身は「たまたま」

 コーチ2年目の09年、夫人が亡くなると、元西武の駒崎幸一氏の勧めでタマネギ農家へ転身した。

「タマネギだったのは、たまたま(笑)。最初に農業を教えてくれた人がタマネギを作っていたから。最初は5反の畑のタマネギを機械じゃなく、手で掘っていたし、地元の方によそ者の自分を受け入れてもらうのは大変でした。でも、自分で作ったタマネギを食べたときの感動は格別。第二の人生をかけるものが見つかった、という感じでした」

 生産・販売体制を整えた今は悠々自適で、主夫をしているということ?

「いや、リウマチを発症して、あんまり仕事ができないんですよ。川崎に戻った理由のひとつなんですけどね。今も両足の指先がしびれ、ほら、このとおり、手はこわばってて、しっかり握れない」

 利き手の左手指を曲げ伸ばししてみせるが、その指が節くれだっていて、痛々しい。

「食が細くなり、現役時代、さんざん飲んだお酒も今はまったく飲んでいません。おかげで、群馬にいた頃に85キロあった体重が、今は68キロ。2カ月に1度通院し、処方薬を飲んで、毎朝4時に起きて散歩を1時間続けていたら、だいぶ良くなってきました。もっと良くなったら、まったく別のビジネスを始め、趣味のゴルフを楽しみたいと思っています」

 今の楽しみは、テレビでのスポーツ観戦と映画観賞だ。

「スポーツはやっぱり野球。ペナントレースは巨人が優勝しましたね! いつも勝つと思って見ていますが、ピンチになると熱くなります。『その配球は違うだろ!』なんて、つい口走って(笑)。映画はアクションものが好きですね」

 ちなみに、30歳の次女は独立。“薬剤師の卵”だそうだ。

 さて、高知出身の河野さんは、明徳高校、駒沢大学を経て、1984年、ドラフト1位で日本ハムファイターズに入団。

 先発・中継ぎ投手として活躍し、88年には防御率1位を記録。95年オフに巨人へ移籍すると、翌96年、長嶋巨人優勝の“メークドラマ”の立役者のひとりとなり、セ・リーグの初代最優秀中継ぎ投手に選ばれた。

「日ハムから巨人へ行くとき、日ハムが提示してくれた年俸のほうが巨人より多かった。でも、人生は一度。子どもの頃から憧れ、一番行きたかった巨人を選びました」

 巨人のファンの多さ、メディアの注目度の高さに驚かされた。

「賞金の桁も違いました。どのチームも勝てば賞金が出て、活躍した選手に分配されるんですけど、巨人は桁が違い、10勝するごとに100万、200万……。地方ではタニマチが面倒をみてくれるし、巨人時代は助けられました」

(取材・文=中野裕子)

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