球界初の“左右両投げ投手”元南海・近田豊年さん 25店舗も展開「駅前ゴルフスクール」関西校長に
左右どちらにもはめられる6本指グラブ
まずは今も両投げでプレーしていること。
「全国大会も開催される還暦野球リーグの軟式チームでね。相手はボクのことを知っているので、どっちで投げても打ってやろうと本気で向かってくる。楽しいですよ」
また、40歳と42歳の時には左右両投げで米国マイナーリーグのトライアウトに挑戦。
「両投げで何かを残したいと思い、ロサンゼルスまで行ってね。ピッチングどうこうより、年齢であっけなく落とされましたわ」
そして4年前の56歳の時には、両投げの合計球速でギネスに挑戦。「そんなヤツはおらんだろうと簡単に認定されると思ったら、英国のクリケット選手の記録が計265キロ。ボクは233キロ。30キロ以上も離されましたわ」と悔しそう。
最後は一軍登板が左腕で1試合に終わった4年間のプロ生活の思い出だ。
「左右どちらにもはめられるように、6本指のグラブを特注で作ったりね。入団1年目の呉キャンプではものすごい数の報道陣に囲まれ、ビックリしたことをはっきりと覚えています」
どれもこれも、両投げを話す時の口調は熱い。
「息子がね、4月からボクの母校でもある高知・明徳義塾高の野球部に入るんです。全寮制だから妻と下の娘は寂しがっているけど、ボクは本当に楽しみ。将来も含めてね」。ゴルフクラブを握るスイッチ投手が、野球少年の顔になっていた。
(取材・文=長浜喜一)
▽近田豊年(ちかだとよとし)1965年12月、高知県宿毛市出身。明徳高(現明徳義塾高)、本田技研鈴鹿を経て、87年、南海ホークスの入団テストを受け、杉浦忠監督の目に留まる。プロ未勝利。91年に引退。



















