ライバル国が見た侍Jの敗因…戦術面&チーム作りで劣り、「データ分析に基づかない継投」とバッサリ
ライバル国がクビを傾げた「第2先発」
「今日の継投に関しては、私たちにとって少し驚きだった。左打者に左腕、右打者に右腕というようなデータ分析に基づく起用をしていないと感じた。私たちはそれに気づいて打線を組み立てた。だから勝てた」
侍ジャパンは、戦術面においてもライバル国に後れを取っていたことになる。
さらに小島氏は、準決勝に進出した4カ国と日本のチームづくりの大きな違いとして、「第2先発」を挙げる。
「準決勝2試合を取材する各国の記者に、『第2先発(セカンダリー・スターター)は存在するか?』と尋ねると、みんな『何だ? それは。初めて聞く名称だ』と目を白黒させていた。『さすが、日本だ。緻密だ』と褒めてくれる記者もいましたが……。各国は、球数、連投の制限があるのは百も承知で先発専門とリリーフ専門の投手を明確に区別して招集している。短いイニングを投げた経験がある投手でも、普段は先発を務める投手がショートイニングを投げるのは難しい。日本はリリーフ投手に故障者が続出したのが痛かったとはいえ、やはり代替選手はリリーフ専門を招集すべきでした」
招集する際にも工夫が必要だ。
「たとえば米国代表のデローサ監督は、ジャッジ(ヤンキース)に声をかける際、主将を任せると明言。抑えのミラーにしても役割を明確にしたことで人生最高の喜びだと意気に感じ、出場を決意したといいます。日本は第2先発、第3先発とポジションを細分化したものの、最後まで個々の投手の役割を明確にできなかった。先発投手ばかりを招集した弊害が出たといえます」
侍ジャパンは23年大会で大谷翔平(ドジャース)を中心に世界一を達成したが、今回はその大谷が再び参戦したにもかかわらず、負けるべくして負けた。 (つづく)
▽小島克典(こじま・かつのり) 1973年、神奈川県厚木市生まれ。日大三高、日大芸術学部卒。高校時代は野球部。96年アトランタ五輪野球日本代表チームの通訳を務め、97年から01年まで横浜ベイスターズで通訳兼広報。02年、新庄剛志の専属通訳として米ジャイアンツへ。ビデオコーチを兼務、03年はメッツに在籍。立命館大で客員教授としてスポーツビジネスを講義したこともある。WBCでは記者会見の同時通訳業務を担当した。


















