「ビジュアル年表 台湾統治五十年」乃南アサ著

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 戦後71年が経ち、台湾がかつて日本の植民地だったことを知る日本人も少なくなりつつある。

 日本が台湾をなぜ領有することになり、どのように植民地経営をしたのか。そして被植民地となった台湾にはどのような人々が生き、暮らしていたのか。本書は、国立台湾歴史博物館を訪ねた折、そこに「日本人の知らない日本が、台湾には残っている」と衝撃を受けた人気作家が、双方の歴史としてちゃんと知っておく必要があるとつづったビジュアル歴史クロニクル。同博物館と秋恵文庫収蔵の日本統治時代の史料を紹介しながら、日本による台湾統治の50年間の歴史を時系列でたどる。

 日本による台湾統治は、日清戦争に勝利し、1895(明治28)年の日清講和条約調印によって遼東半島や澎湖諸島とともに割譲され始まった。

 戦争に勝った高揚感とともに乗り込んだ日本だが、当時の台湾はマラリアをはじめとする風土病が蔓延、先住民族と漢族、そして漢族同士の争いが絶えず、清国政府が持て余すほど治安が安定しない島だった。

 講和条約締結後、すぐに初代台湾総督に任命された海軍大将・樺山資紀と北白川宮能久親王が率いる近衛師団が台湾東北部から上陸する。しかし、条約のことを何も伝えられていない台湾は独立宣言をして激しく抵抗。全島平定には6カ月かかり、1万4000人にも及ぶ台湾住民の犠牲者が出たという。

 後に日本の首相になる桂太郎が2代目、乃木希典が3代目の台湾総督に就くが、内地から移住した日本人は台湾人にさげすまれるほど行いが悪く、土匪・匪徒と呼ばれる武装集団の鎮圧もままならず、安定にはほど遠い状況が続く。

 持て余してフランスへの売却論まで出る中、第4代総督に就いた陸軍中将・児玉源太郎と彼の右腕として民政局長に任命された医師・後藤新平の活躍によって、現代へとつながる台湾の基礎が築かれたという。

 以後、1945年、戦争に負けた日本がポツダム宣言を受諾して台湾の主権を放棄するまで50年間の歴史を、作家ならではのテンポ良い文章で詳述。

 日本語の使用を奨励するホウロウ看板や、横暴な日本人に反発し、警察駐在所や役所などが襲撃され百数十人の日本人が殺害された「霧社事件」の資料、そして日本の農村そのものの開拓村の風景写真などの貴重な図版とともに、歳月に埋もれ、日本人の記憶から消えつつある歴史を伝える。(講談社 2800円+税)

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