「ヨコハマメリー」中村高寛著

公開日: 更新日:

 横浜にかつて、白化粧に白いドレスの老娼婦がいた。大きな人形、それとも幽霊? 

「ハマのメリーさん」は噂でも都市伝説でもなく、実在した。戦後、米兵相手の娼婦をしていたが、時代が移り、年老いても、真っ白に化粧して、街に立ち続けた。

 著者は中学生のころ、馬車道でベンチに座っているメリーさんと遭遇。その異形に驚き、違和感を覚えた。22歳で映画の演出助手をしていたとき、ふとしたきっかけでメリーさんの記憶がよみがえり、メリーさんのドキュメンタリー映画を撮ろうと決意する。

 しかし、メリーさんは、2年前に横浜から姿を消していた。死んだとも、故郷に帰ったともいわれていた。対象不在のドキュメンタリーは成立するのか。著者はメリーさんと接点のあった人物を探し出し、片っ端からインタビューを試みる。ゲイのシャンソン歌手、美容師、クリーニング店の夫婦、写真家、元娼婦……。メリーさんの実像が少しずつ明らかになり、メリーさんを語る人々のそれぞれの戦後が浮かび上がっていく。

 横浜がメリーさんを「有名人」として許容してきた背景には、幕末から外国人相手の娼婦が多くいた街の歴史がある。時代が変わり、街が変わったとき、メリーさんは横浜を去らざるを得なかったのではないか。

 若き監督は、重いテーマを背負い、資金調達に苦しみ、ときに厳しい取材拒否にあう。何度か挫折しかけたが、6年かけて映画「ヨコハマメリー」は完成し、高い評価を受けた。 

 それから10年余。作品の製作過程を個人的な葛藤も含めて書いたこのドキュメンタリーを発表した。映像で記録した「消えていく記憶」を、今度は活字に刻むかのように。謎のメリーさんのその後も明らかにされている。

(河出書房新社 2200円+税)

【連載】人間が面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐々木朗希「スライダー頼み」に限界迫る…ドジャースが見込んだフォークと速球は使い物にならず

  2. 2

    永野芽郁「キャスター」視聴率2ケタ陥落危機、炎上はTBSへ飛び火…韓国人俳優も主演もとんだトバッチリ

  3. 3

    「たばこ吸ってもいいですか」…新規大会主催者・前澤友作氏に問い合わせて一喝された国内男子ツアーの時代錯誤

  4. 4

    風そよぐ三浦半島 海辺散歩で「釣る」「食べる」「買う」

  5. 5

    広島・大瀬良は仰天「教えていいって言ってない!」…巨人・戸郷との“球種交換”まさかの顛末

  1. 6

    広島新井監督を悩ます小園海斗のジレンマ…打撃がいいから外せない。でも守るところがない

  2. 7

    インドの高校生3人組が電気不要の冷蔵庫を発明! 世界的な環境賞受賞の快挙

  3. 8

    令和ロマンくるまは契約解除、ダウンタウンは配信開始…吉本興業の“二枚舌”に批判殺到

  4. 9

    “マジシャン”佐々木朗希がド軍ナインから見放される日…「自己チュー」再発には要注意

  5. 10

    永野芽郁「二股不倫」報道でも活動自粛&会見なし“強行突破”作戦の行方…カギを握るのは外資企業か