「シャーデンフロイデ」中野信子氏

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 “メシウマ”というネットスラングがある。「他人の不幸で今日も飯がうまい」の略で、他人の失敗や不幸をさらし上げて批判しながら、大盛り上がりしている際に使われる言葉だ。

 あなたは、「何と見苦しい」と眉をひそめるかもしれないが、実は“他人の不幸は蜜の味”の感情は誰もが持っているもの。

「誰かが失敗した時に、思わず湧き起こってくる喜びの感情を『シャーデンフロイデ』といいます。ドイツ語で、Schadenは損害・毒、freudeは喜びを意味しています。学校で人気者だった同級生や、会社で評価が高い同僚に対して、“なぜアイツだけ”という妬みの感情を抱いたことはないでしょうか。そんな相手に困ったことが起きた時、“調子に乗るからだ”“少し痛い目を見た方がいいんだ”と思ったことはないでしょうか。それこそがシャーデンフロイデです」

 本書は現代社会の病理の象徴ともいえる妬みのメカニズムを、脳科学の側面から解説しながら、“正義”が陥りがちな落とし穴について考察。

 “妬み”の対象が引きずり降ろされた時に喜びを感じる。そんな恥ずかしい感情を自分が持っていることなど、誰も認めたくはないだろう。しかし、社会性を武器に種を保ってきた人間にとって、シャーデンフロイデは生存のために必要だったからこそ備わっているのだと著者は言う。

「シャーデンフロイデは、オキシトシンという脳内物質と深く結びついています。別名“愛情ホルモン”や“幸せホルモン”とも呼ばれ、基本的には人間によい影響を与える物質です。動物実験でも、オキシトシンを注射したラットは傷の治りが早くなるほか、愛情や仲間意識を芽生えさせることも分かっています。安心感や幸福感を与える、心理的にも好ましい影響がある脳内物質なのです」

 それがなぜ、“黒い感情”と結びつくのか。人と人とのつながりを強めるのがオキシトシンの本質的な働きであり、愛着を形成する物質であるともいえる。

 しかし裏を返せば、つながりが切れてしまいそうになる時、阻止しようと行動を起こさせる作用もあるということ。母親がわが子への執着から逃れられないケースにも、オキシトシンは作用する。

「異分子に共同体を壊されそうになった時、“ルールから逸脱した者は許さない”という感情を生み出します。オキシトシンは、その対象を引きずり降ろすなど攻撃をした時に快感という報酬を与え、行動を促進させているんですね」

 ほかにも、記憶に新しいベッキー不倫騒動などの例を挙げながら、赤の他人である芸能人の不倫を国民が大バッシングするのも、一夫一婦制を破壊するものを排除して共同体を守ろうとする行為だという。

 不当に得をしている人は、共同体の維持にとって害となる。ならば、排除しなければならない。排除すれば共同体は守られ、間接的に自分にとっても利益になる。

 だから、縁もゆかりもない相手に対するバッシングも起こるわけだ。

「実際に不当に利益を得ていなくても、単に目立っているだけでも相対的な社会的地位は上がります。そのため、利益を得ていると“見なされて”攻撃が起きることもあります。先日閉幕した冬季オリンピックでは活躍した選手たちに惜しみない拍手が送られましたが、一方で帰国後もフィーバーが続くと、何がしかのバッシングが発生する恐れがあります。これも、オキシトシンの働きといえます」

 シャーデンフロイデをなくしてしまうことは不可能だと著者は言う。しかし、コントロールすることは可能であるとも述べている。

「誰かを叩きたくなり、“いい気味だ”という感情を抱いてしまった時、これがシャーデンフロイデというものかと自覚することが第一歩。そして、自分の行動は本当に必要なのか、快感に流されているだけではないかと気づくことです。それだけで、不毛なバッシングにブレーキをかけることができるかもしれません」(幻冬舎 760円+税)

▽なかの・のぶこ 1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。脳や心理学をテーマに研究や執筆を行う。現在、東日本国際大学教授。著書に「脳内麻薬」「ヒトは『いじめ』をやめられない」などがある。

【連載】著者インタビュー

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