正津勉(詩人)

公開日: 更新日:

3月×日 この1ヶ月余り、森内俊雄著「一日の光あるいは小石の影」(アーツ・アンド・クラフツ出版委員会 3800円+税)を枕許に置いている。著者、84歳。帯に「三十余年のエッセイ集成」とある。190篇ほどの散文を収める、480頁余りの大冊である。毎晩、眠る前に少しずつ気ままに頁を繰っている。そこにはなにか手に取り読めと促すものがあるかだ。

「わたしは昔風の差別用語的表現を用いると、売文の徒である。ところが量産ができず、本は売れないから、ひっそりと細々と暮らさざるを得ないでいる」

 売文の徒でももっと下の小生。ことし後期高齢者になる。そろそろ老い支度を考えるころ。バカみたい身体だけは丈夫なのだけど。金が無くいささか気も弱りつつある。ボケも恐ろしい。などという萎れぎみの心にこの書がよく効くのである。

 著者は、これまで6回死にかけた。戦災で、事故で、病気で、それぞれ2度にわたり。だがそのつど生き延びてきたとか。そして「生きているあいだは生きているものだとだれかが言っている。けだし名言である」という。いやほんとこの自若なる境地はどこからこよう。著者は、クリスチャンである。それはむろん信仰のするところ。であるならば無神論の当方には不分明にするほかない。

 ただ伝わってくるのはそう、知への渇望、書物への愛、その飽くことのなさである。古今東西の神話古典にはじまり、21世紀の思潮全般にいたる、おどろくべき幅広い関心のありようだ。哲学、思想、芸術、文学……、著者は、興味の趣くままに触手を伸ばしてゆく。その文章は易しくて入りよく、その引用は簡にして要をえて、その世界は読むほど深くなる。ここに1例あげる。たとえば、古今亭志ん生の自伝「なめくじ艦隊」の口上をもって、人生の機微にふれる。一方、写真集「世界の灯台 写真でみる歴史的灯台」(2004年、成山堂書店刊)を開くことで、少年時の冒険の夢を拡げると。

 最後に本題について。「一日の光」とは、人生の黄昏を現す。「小石の影」とは、人の営みの喩。後期高齢者、汝、ボケたくなければ本を読みつづけられたし。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    注目集まる「キャスター」後の永野芽郁の俳優人生…テレビ局が起用しづらい「業界内の暗黙ルール」とは

  4. 4

    柳田悠岐の戦線復帰に球団内外で「微妙な温度差」…ソフトBは決して歓迎ムードだけじゃない

  5. 5

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    ローラの「田植え」素足だけでないもう1つのトバッチリ…“パソナ案件”ジローラモと同列扱いに

  3. 8

    ヤクルト高津監督「途中休養Xデー」が話題だが…球団関係者から聞こえる「意外な展望」

  4. 9

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 10

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?