「欲望の経済を終わらせる」井手英策著/インターナショナル新書

公開日: 更新日:

 本書は、新自由主義批判の本だ。ただ、よくある頭ごなしの新自由主義批判ではない。新自由主義が生まれた歴史やそこで採られた政策、そして経済への影響を丁寧に分析している。その上で著者は、小さな政府を目指す新自由主義政策が、経済を成長させる証拠はないと断ずる。問題は、なぜ根拠のない新自由主義を国民が圧倒的に支持してきたのかということだ。

 著者の見立ては、所得が低迷するなかで高まる既得権益層への怒りがうまく利用されたということだ。例えば、小泉内閣の構造改革路線では、公共事業という既得権益や特定郵便局長という地方の名士がターゲットとなった。それが公共事業費削減や郵政民営化の原動力となった。しかし、そうした改革の結末は、地方の疲弊だった。

 しかも、そうした既得権益層への怒りは、いまだに続いている。例えば、生活保護受給者への怒りだ。自分たちが必死に働き納税しているのに、財政におんぶする彼らを蔑視し、非難するのだ。そうした社会は相互不信を生み、不安を拡大する。

 著者の処方箋は、誰もが必要とする子育て、医療、教育、介護などのサービスを財政が担い、安心して生きていける社会に変えることだ。

 ここまでの著者の議論に私は全面的に賛成だが、一つだけ意見が異なることがある。それは、安心できる社会に変えるための財源だ。著者は、消費税は外せないという。

 私は、消費税増税による税収の大部分が法人税減税に振り向けられた歴史を考えると危険な考えだと思う。消費税増税をしなくても、生活保障拡充の費用は、全額国債発行で賄えばよい。しかし著者は、50兆円を超える国債発行は、深刻なインフレを招く可能性があるという。ただ、今年度予算の新規国債発行は2度の補正予算によって、90兆円近くに達する見込みだ。しかし、少なくとも現時点では、物価が上がるどころか、下がっている。

 ただ、私のような考え方は非主流派なので、もしかすると、一般国民にとっては、本書の論旨のほうが受け入れやすいかもしれない。出来がとてもよいだけに、本書が、さらなる消費税増税をもくろむ財務省に悪用されないか心配だ。

★★半(選者・森永卓郎)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    3年連続MVP大谷翔平は来季も打者に軸足…ドジャースが“投手大谷”を制限せざるを得ない複雑事情

  2. 2

    自民党・麻生副総裁が高市経済政策に「異論」で波紋…“財政省の守護神”が政権の時限爆弾になる恐れ

  3. 3

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  4. 4

    最後はホテル勤務…事故死の奥大介さん“辛酸”舐めた引退後

  5. 5

    片山さつき財務相“苦しい”言い訳再び…「把握」しながら「失念」などありえない

  1. 6

    ドジャースからWBC侍J入りは「打者・大谷翔平」のみか…山本由伸は「慎重に検討」、朗希は“余裕なし”

  2. 7

    名古屋主婦殺人事件「最大のナゾ」 26年間に5000人も聴取…なぜ愛知県警は容疑者の女を疑わなかったのか

  3. 8

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  4. 9

    高市内閣支持率8割に立憲民主党は打つ手なし…いま解散されたら木っ端みじん

  5. 10

    《もう一度警察に行くしかないのか》若林志穂さん怒り収まらず長渕剛に宣戦布告も識者は“時間の壁”を指摘