中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<29>腕章を巻いて特権階級のつもりか

公開日: 更新日:

 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、富秋は宮里に向かって拳を振り上げた。

 まずい。彼らと犬養の間にはまだ数歩の距離がある。このままでは犬養の制止は間に合わない。

 富秋の右拳が動くのを視界の端で捉える。

 駄目だ、間に合わない。

 犬養が空しく手を伸ばしかけた時だった。

 富秋と宮里の間に人影が割って入った。

 宮里に向かった拳が途中で止められる。

「落ち着いてください、長山さん」

 割って入ったのは長身の男だった。

「今この女に拳を振るってもあなたの得になることは一つもない。あなただけじゃない。娘さんも不愉快な目に遭う」

 場違いなほど低い声に富秋は動きを止める。犬養が辿り着いた頃には矛の収めどころを探すような素振りだった。

 齢は犬養と同じくらいか。上背があるだけでなく胸板も厚い。要人の横にでも立たせれば、充分SPとして通用するのではないか。

 一方、向こう傷覚悟でいた様子の宮里は収まらない。

「あなた、何いいカッコしてんのよ。これ、れっきとした報道なのに一般人が邪魔していいと思ってんの」

「まるで自分が一般人じゃないみたいな口ぶりだな」

 宮里に向きを変えたため犬養にも男の顔が見えた。体格に負けず劣らず厳つい面構えをしている。SPもいいが、自分が警視庁の人事担当者だったら組対五課に欲しい人材だ。

「局の腕章を巻いていれば特権階級にでもなったつもりか」

「なっ」

「そもそもお前さんのしているのは報道でも何でもない。ただの堂々とした覗き見だ」

「失礼じゃないの」

「覗き見相手に失礼もクソもない。唾を吐きかけられないだけ有難く思え」

 男は宮里の面前にぐいと顔を突き出す。睨みを利かせるというのはこういうことを言うのだろう。たちまち宮里は黙り込み、尻尾を垂れた犬の顔になった。

「ふん」

 捨て台詞を残しもせず宮里が立ち去ると、男は富秋に向き直った。

「要らぬ邪魔が入りましたね。会場に急いでください。喪主がいなくては話にならない」

「ありがとうございました」

 富秋は亜以子の肩を抱いて会場へ消えていく。男は二人の姿を見送ると何もなかったかのようにその場を後にする。犬養とすれ違いざま一瞬だけ目が合ったが、男は無言だった。

 (つづく)

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