ノンフィクションのような小説特集 リアル感満載!

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「ビタートラップ」月村了衛著

「事実は小説より奇なり」というが、事実をモチーフとした小説は、私たちの知らなかった、あるいは目を背けていた真実を、残酷なほど生々しく突き付けてくるものだ。今回は、児童虐待にハニートラップなど、身近で起こりうる出来事が描かれた、まるでノンフィクションのような小説5冊をご紹介する。



 並木承平33歳。容姿も知力も腕力も人並み中の人並みのバツイチ男だ。農林水産省の役人だが、ノンキャリの係長補佐であり、将来もたかが知れている。そんな並木の隣で今、黄慧琳が泣きじゃくっている。行きつけの中華料理店でアルバイトをしている留学生で、並木とは体の関係もある。そんな彼女が泣きながらこう言うのだ。

「わたしは中国のハニートラップなんです」

 慧琳は、並木がとある中国人から預かっている原稿を手に入れるよう命令されているが、並木のことが好きになり過ぎて耐えられなくなったと話す。しかしその原稿とは、素人による書きかけの下手な小説であり、重要機密とはとても思えない。やがて、警視庁公安部の男が接触してきて、慧琳は嘘をついていると言う。荒唐無稽な物語だと思いつつ、何かの間違いで自分も中国の諜報機関に……などと考えるとちょっと背筋が寒くなる。

(実業之日本社 1540円)

「内紛 巨大病院の一族」由井りょう子著

 垣内総合病院の理事であり医師の垣内禄朗は、当直中に姪の茜から突然の電話を受ける。

「今度の社員総会で、お父さまがあなたのお兄さまの梧朗叔父さまを院長から外すんですって」

 同族経営である垣内総合病院は、垣内善之・藍子夫妻の時代に強固な基礎を築き、成人した5人の息子のうち4人が医師となって全国有数の私立病院に育て上げた。しかし、表向きとは異なり、内部は泥沼の様相を呈していた。医師として献身的に治療に当たってきた弟2人に対し、長男と次男が巧妙なクーデターを仕掛けてきたのだ。特に次朗は医師としての実績は何もないが、政財界との強固なパイプを築き上げていた。そして次朗の息子を次の院長にするべく、邪魔をする母親の藍子すら排除しようと画策していたのだ。

 国内最大級の医療法人で起こった、一族の内紛劇をモチーフにした本作。

(世界書院 1650円)

「砂に埋もれる犬」桐野夏生著

 小学校6年生の小森優真は、今日で2日間何も食べていない。母親の亜紀は数日おきに帰ってきて、カップ麺や菓子パンを数個置いていくが、空腹なので我慢できずに一気に食べてしまう。

 優真は小学校にも行っていない。4年生の頃に引っ越してからは、亜紀が住民登録を怠っているせいで転入ができないのだ。

 亜紀には帰ってきて欲しいが、北斗さんが一緒だと少し困る。北斗さんは亜紀の恋人だが、激高すると殴ってくるから苦手だ。

 空腹のあまり、近所のコンビニ店主である目加田に賞味期限切れの弁当をもらえないかと頼み込む優真。その境遇を知った目加田は、里親になろうとするのだが……。

 育児放棄や虐待をテーマにした作品だが、本書の凄みは虐待後を描いている点。ニュースでは保護されて一件落着となってしまうが、愛情や常識を教えられずに生きてきた子供たちの傷は、そう簡単には癒えないという現実を突き付けられる。

(朝日新聞出版 2200円)

「ウイスキー・ウーマン」フレッド・ミニック著 浜本隆三ほか訳

 酒造りの担い手といえば、男性のイメージが強い。日本酒の杜氏も男性が多く、世界的に見ても酒造りに従事する女性は“最近の”“若い”人が多いだろうと感じる。

 しかし、ウイスキーの歴史の一翼を担った女性たちの活躍を描いた本書を手に取れば、それは間違いであることに気づくはずだ。実は太古の昔から、女性はアルコール製造事業に従事してきた。何しろ、ビールの発明は古代シュメールの女性たちによってなされたのだ。

 女性たちがビールを造っていたことを示す最も古い証拠は、紀元前4000年のメソポタミアのくさび形文字が刻まれた書字板にも存在するという。このビールがウイスキーの発明につながり、やがて女性たちはウイスキーの製造に着手することになる。しかし、近代化の流れの中でその仕事は奪われ、女性の蒸留業者は魔女狩りの対象にされた時代もあった。

 不屈の精神で酒造りに挑んできた、女性たちの物語だ。

(明石書店 2970円)

「TOKYO REDUX」デイヴィッド・ピース著 黒原敏行訳

 戦後3大事件のひとつ「下山事件」。占領下の日本で、国鉄職員20万人のクビ切り計画が浮上。労使交渉が大混乱を極める中、矢面に立っていた下山総裁が轢死体で発見された衝撃的な事件だ。本作ではこの戦後最大の怪事件をモチーフに、イギリス人作家がその闇に迫っている。

 1949年7月の朝、国鉄総裁が出勤途中に行方不明となる。そして見つかったのは同日深夜。列車に轢断されるという無残な姿だった。労働組合や左翼分子による拉致なども疑われたが、自殺か他殺かも判然としない。警視庁内部でも対立の度合いを強める中、占領軍上層部に捜査を命じられたのは、GHQの捜査官スウィーニーだった。

 事件当年だけでなく、最初の東京五輪に沸く1964年、そして1988年を舞台に、時を超えて下山事件を追う捜査官や探偵、そしてCIA工作員の戦いが描かれていく。未曽有のミステリー大作だ。

(文藝春秋 2750円)

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