「この道」古井由吉著

公開日: 更新日:

 眠れぬまま迎えた夜明け、テラスに出ると細い雨が降り始めた。間もなく梅雨だ。はるか昔の少年時代、召集された近所の青年に見守られながらこたつで昼寝をしたことがあった。青年はラジオで覚えた落語や軍歌を聞かせてくれた。

 敗戦後、青年の戦死を人づてに聞いたが、いつどこでのことだったのかも知らずじまいだった。一時期同居して、幼い私をかわいがってくれた母方の叔父は戦地で病死した。死者はいつまでも若い。戦乱に果てた青年が若いまま記憶にとどまっているのを振り返ると、自分はここまで何を思って生きてきたのかと悔いのような念を抱く。

 2年前に亡くなった著者が最後に刊行した小説集。迫りくる死と向き合い、現実と虚構のはざまで描かれた珠玉の8作。

(講談社 704円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希「負傷者リスト入り」待ったなし…中5日登板やはり大失敗、投手コーチとの関係も微妙

  2. 2

    朝ドラ「あんぱん」教官役の瀧内公美には脱ぎまくった過去…今クールドラマ出演者たちのプチ情報

  3. 3

    佐々木朗希「中5日登板志願」のウラにマイナー降格への怯え…ごまかし投球はまだまだ続く

  4. 4

    早期・希望退職の募集人員は前年の3倍に急増…人材不足というけれど、余剰人員の肩叩きが始まっている

  5. 5

    河合優実「あんぱん」でも“主役食い”!《リアル北島マヤ》《令和の山口百恵》が朝ドラヒロインになる日

  1. 6

    巨人秋広↔ソフトBリチャード電撃トレードの舞台裏…“問題児交換”は巨人側から提案か

  2. 7

    TBSのGP帯連ドラ「キャスター」永野芽郁と「イグナイト」三山凌輝に“同時スキャンダル”の余波

  3. 8

    キンプリが「ディズニー公認の王子様」に大抜擢…分裂後も好調の理由は“完璧なシロ”だから 

  4. 9

    永野芽郁&田中圭「終わりなき不倫騒動」で小栗旬社長の限界も露呈…自ら女性スキャンダルの過去

  5. 10

    低迷する「べらぼう」は大河歴代ワースト圏内…日曜劇場「キャスター」失速でも数字が伸びないワケ