リングで戦う音のない世界に生きるヒロイン

公開日: 更新日:

「ケイコ目を澄ませて」

 ボクシング映画といえばロバート・デ・ニーロ主演の「レイジング・ブル」にせよデニス・クエイドの「ザ・ファイト」にせよ、かつては男同士の話が当たり前だった。

 それがいつのころからか、女優主演のボクシング映画に佳作が目立つようになった。クリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」しかり、武正晴監督の「百円の恋」しかり。来週末封切りの三宅唱監督「ケイコ目を澄ませて」も、その点、実に忘れがたい女ボクサーを描く映画である。

 主演は岸井ゆきの。若手と思っていたら今年30歳なのだそうだが、これまでは彼女がこんなに不機嫌な顔の似合う女優だとは知らなかった。

 不機嫌な顔は不愉快なのとは違う。不愉快は他人との関係から来るが、不機嫌は自分への苛立ちの表れだからだ。

 本作で岸井が演じるのは生まれつき聴覚に障害のある女性。観客の声援はおろか、レフェリーの合図もセコンドの声も聞こえないわけだが、それがプロボクサーとしてリングに立つ緊張感を小柄な体躯にみなぎらせ、岸井は堂に入ったシャドーを見せる。

 ボクシングは見た目以上にメンタルが重要な格闘技。そんなボクサーの心情が音のない世界を生きるヒロインの境涯と重なってくるのである。

 ちなみに彼女を見守る斜陽ジムの老会長が三浦友和で、こちらも泣けてくる適役。ボクシング映画にありがちな月並みの高揚感を拭い去った作劇の巧みな仕上がりには、近ごろ老け役が板についた三浦の芝居も一役買っているだろう。

 江口寿史著「『エイジ』」(小学館クリエイティブ1540円)は本作とは対照的に、ボクシングを素材にした陽性の青春活劇マンガだが、作者得意のギャグをちりばめて月並みなクライマックスを避ける展開は、どことなく映画に一脈通じるものがある。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  2. 2

    マエケンは「田中将大を反面教師に」…巨人とヤクルトを蹴って楽天入りの深層

  3. 3

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  4. 4

    SBI新生銀が「貯金量107兆円」のJAグループマネーにリーチ…農林中金と資本提携し再上場へ

  5. 5

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  1. 6

    陰謀論もここまで? 美智子上皇后様をめぐりXで怪しい主張相次ぐ

  2. 7

    白木彩奈は“あの頃のガッキー”にも通じる輝きを放つ

  3. 8

    渋野日向子の今季米ツアー獲得賞金「約6933万円」の衝撃…23試合でトップ10入りたった1回

  4. 9

    12.2保険証全面切り替えで「いったん10割負担」が激増! 血税溶かすマイナトラブル“無間地獄”の愚

  5. 10

    日本相撲協会・八角理事長に聞く 貴景勝はなぜ横綱になれない? 貴乃花の元弟子だから?