「兜町(しま)の男」黒木亮著

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 経済小説の巨人・清水一行の生涯と、主な作品群を時系列でたどり、背景にある日本社会と経済の変容を描いたノンフィクション。

 清水は昭和41(1966)年に「小説 兜町」で作家デビュー。以来40年にわたって精力的に書き続け、214もの作品を残した。多くの取材スタッフを動かし、資料を収集し、同時代の経済事件を小説に仕立てる。「買占め」「乗取戦争」「虚業集団」「動脈列島」──清水の筆は、経済活動の奥底にある人間の思惑を描き出す。

 押しも押されもしない流行作家として一時代を築いた清水だが、人生の前半は苦難の連続だった。

 かつて赤線地帯があった墨田区向島の玉の井で生まれ育つ。戦後の焼け跡で共産主義に目覚め、共産党員となって産別会議書記局に入った。10代の終わりに結核に倒れ、4年間の療養生活。親しかった党員の鉄道自殺を契機に労働運動や共産党と決別し、兜町に飛び込んだ。株式評論家・藤原信夫の個人事務所で無給で働きながら株や経済を一から学び、経済ライターへと脱皮していく。

 週刊誌に株情報記事を執筆する合間にコツコツと小説原稿を書きためていたが、編集者は目もくれなかった。しかし、地を這うような下積み生活で培った人間観察力と筆力で、清水は流行作家へと上り詰めていく。作品は、売れに売れた。

 清水が58歳だった平成元年、ベルリンの壁が崩壊した。その光景をテレビで見ていた清水は、滂沱の涙を流した。

(これが自由だ! これが平等だ! 俺が求めていた世界だ!)

 清水の中で共産主義へのロマンが完全に消え去った瞬間だった。

 79歳で世を去ったとき、清水のデスクには、新しい小説の冒頭らしき原稿が数枚残されていた。日本版「静かなドン」を書くという作家としての最後の願いはかなわなかった。

 現役作家によるノンフィクション作品だけに、臨場感あふれる描写に引き込まれる。

(毎日新聞出版 2420円)

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