「ここで眺める水俣」森田具海著

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「ここで眺める水俣」森田具海著

 熊本県の水俣をテーマにした写真集。

 公害病の発覚から70年近くが過ぎ、かつて有機水銀によって汚染された海も清らかさを取り戻し、安全宣言がされてもなお、水俣という地名は、多くの日本人にとって、あの痛ましい公害被害と切っても切れない。それはいまだに苦しんでいる人々がいるからだ。

 しかし、水俣に移住して6年目を迎えた写真家がカメラを向ける水俣の風景は、長らく公害の原点として歴史に刻まれた場所としてではなく、多くの住人たちにとって暮らしの場である水俣の今と日常だ。

 3章構成になっており、最初の「内省的な時間を過ごす」と題された章には、著者が水俣に興味を持つきっかけとなった場所など、そこで「ゆったりと過ごしたくなる場所」を取り上げる。

 水俣を題材にした「苦海浄土」で作者の石牟礼道子が、椿の古樹に縁どられていることから「椿の海」と呼んだ不知火の海。その海の魚たちは山によって育てられているという意味で“魚つきの林”と呼ばれている「茂道湾/袋(茂道)」の常緑樹林をはじめ、そこに立つと太古の風を感じられるという「二子島/梅戸町」、移住のための住居を探しているときに立ち寄った満開の桜が印象的な「冷水遊園地/袋(冷水)」などを活写。著者にとっても特別な14カ所が、時間がそこだけ止まったようなモノクロの写真の中で読者を待っている。

 その豊かな自然と静謐な風景に、往時を知らない読者は、この土地でかつて、あの痛ましい公害事件が起き、その後も長年、闘争が繰り広げられてきたとはにわかには信じられないだろう。

 しかし、地面の下に堆積によって幾つもの地層ができているように、姿を変えようと、そこには確かに水俣の歴史が堆積している。

 続くパートのテーマは、そんな土地に染み込んだ「記憶を宿す場所としての水俣」をめぐる。

 公害防止事業によって、水俣湾の約58ヘクタールもの広大な面積を埋め立て、作られた「エコパーク水俣」。その突端、明神崎の岬の片側に広がる自然海岸の「磯場/明神町(明神崎)」や自然海岸を造成した「海岸道路」をはじめ、かつて海水浴場が広がり、大きな塩田があった「大廻の塘/塩浜町」や、解体された日本窒素肥料工場で使われていた赤レンガを一部に再利用した「納屋/深川」など。在りし日の姿を想像し、その場所から湧き上がる過去の痕跡や記憶に目と耳を澄ます。

 そして第3章は「変わりゆく水俣」をテーマとして、水俣の現在の住人たちの暮らしぶりや、著者が、そして地元の人々が利用する飲食店などの写真が並び、水俣はその歴史を知ると知らずにかかわらず人々が訪れることを待っていることを伝える。声高に主張するのではなく、心に染み入るように読者の心を水俣へと向かわせる余韻の残る写真集。

(弦書房 1870円)

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