「のら」水池葉子著

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「のら」水池葉子著

 街中から野良イヌの姿が消えて久しい令和の時代、「のら」といえば野良ネコぐらいしか思い浮かばないが、本書の主役はネコではない。

 かつて誰かの所有物であったはずなのに、なぜか路傍にぽつんと置かれたさまざまな「モノ」たちだ。

 ただの置き忘れか単なるゴミか、街の片隅で所在なくたたずむそんなモノたちを「のら」と呼び、カメラに収めた写真集。

 空の黄色い買い物かごをのせ空き地にポツンと置かれた「のらショッピングカート」、工場の敷地内と思われる道路のフェンスに逆さに差し込まれた片方だけの「のらルームシューズ」、立派な樹木の根元に抱かれるように置かれた「のらスイカ」に切り株の上の「のら眼鏡」など。

 日常の風景の中に溶け込めず、悪目立ちしてしまう場違いなモノたち、さまざまな「のらたち」とその状況のアンバランスさが哀愁を生み出す。

 一つ一つを見ていると、のらとなったモノたちがここにたどりついた経緯をあれこれと推測したくなる。

 うるんだ瞳で何かを訴えかけるようにこちらを見上げる正真正銘の「のら犬」(よく住宅の玄関先などに置かれている置物のあれ)たちをはじめ、「のらコアラの親子」(もちろん置物)や「のら椅子」、中には「のら小便小僧」など。なぜか、道路脇のちょっとしたすき間や、あまり手入れが行き届いていない植え込みには、のらたちが集まりやすいようだ。

 彼らは、文句も言わずにご主人さまが迎えに来てくれるのを待っているようにも見える。もしくは拾われて、再び誰かの所有物になるのを望んでいるのか。

 のら犬やのら小便小僧などは、ほほ笑ましく見ていられるが、街中の広場にポツンと置かれた「のらスーツケース2」、海辺の波打ち際すれすれに置かれた「のらビジネスバッグ」、たった今脱ぎ捨てられたかのように路上に放置された「のらシャツボトムス」、開いたまま逆さになって湖を漂流する「のら傘2」など、事件性さえ感じさせるものもある。

 ほかにも、「のら梵鐘」や「のら数珠」「のら抗原検査キット」「のらブラジャー」「のら前髪」など、目を凝らせば、世の中にはなんとのらになってしまったモノたちが多いことか。

 のらとなったモノたちは、所有者から解放され、ただ世の中を漂流する自由を楽しんでいるようにも見える。

 著者の見立ては違うようだ。「あるべき場所や役割から突然切り離され、『のら』となったモノたち。それはアイデンティティの拠り所を模索する姿なのかもしれない」「路傍に佇む『のら』。それは現代の私たちの姿なのだ」と著者は言う。

 のらとなったモノたちに、なぜかシンパシーを感じてしまうのはそのせいだろうか。

(みらいパブリッシング 1760円)

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