無実の罪で収監されたアメリカ人の人情悲喜劇
「アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓」
外国の独裁政権に逮捕されるアメリカ人が急増中と最近の「ウォールストリート・ジャーナル」が報じている。昔から脇が甘くておせっかいなのがアメリカ人旅行者の共通点なのだが、まさにそこから始まる悲喜劇を描くのが今週末封切りの「アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓」だ。
第2次大戦後3年のアルメニア。ソ連の一部として独裁者スターリンが国外の同胞に祖国復興を呼びかける帰還運動を展開した。これに応じたのがアルメニア系アメリカ人の主人公。のほほんと母の祖国を訪ねたところを逮捕されて投獄。10年の労働刑を強いられる。
悲惨な物語だが、映画はあくまでコメディータッチ。実は脚本・主演も兼ねるマイケル・グールジャン監督自身がアルメニア系アメリカ人。若いころはおバカなパンク小僧などを演じていた彼だが、自身のキャラを生かしたアメリカ映画の流儀でアルメニア現代史を描いた。それゆえ脇の甘さもむしろ意図的。悲劇をほんわかした人情喜劇に変換するカギになっている。
とはいえ、現実の独裁体制国家の帰国事業は笑いごとではすまない。
日本でも1959年に始まった北朝鮮による帰国事業がいまも深刻な尾を引く。ドキュメンタリー映画では、ヤン・ヨンヒ監督の「ディア・ピョンヤン」が自身の家族の体験を描いて知られるが、朝鮮半島問題を専門とする国際政治学では新しい研究がいまも絶えない。
最新刊が川島高峰著「北朝鮮帰国事業と国際共産主義運動」(現代人文社 7700円)。朝鮮植民地からの日本人の帰国事業に始まったはずの計画が共産側の巧みな戦術で「在日同胞」の帰国事業へと変換された過程を綿密な1次資料で跡づけた話題作だ。複雑な背景は松浦政伸著「北朝鮮帰国事業の政治学」(明石書店 4620円)がわかりやすい整理で有益。
<生井英考>