篠綾子(作家)史実とフィクションの狭間で躍動する作品世界
10月×日 朝晩が涼しくなってきたので、温かい甘酒を飲む。江戸の頃は夏に飲むのが主流だったそうだが、この時節はやはり温かい方がいい。酒糟を溶かして、砂糖と塩少々に時々生姜……豊潤な香りと滑らかさは温かい甘酒の醍醐味だ。さて、今日は小林恭二著「三鬼」(講談社 2750円)を読む。京大俳句事件における俳人西東三鬼の立ち回りを描いた作品。舞台は日本とシンガポール、戦時下の逃走劇の狭間には、三鬼の先祖の戦いと挫折、そして夢見るような恋物語が入り込み、スケールの大きさに圧倒されっ放しだった。三鬼周辺の、名の知れた登場人物たちも多彩で魅力的で引き込まれる。史実とフィクションの狭間で躍動する作品世界に呑み込まれることの、何という幸せ。それを噛み締めながら、とにかく先が知りたくてたまらず、頁をめくる手がとまらなかった。三鬼の最後の選択には涙がにじんだ。
10月×日 ローラン・ビネ著「遠近法」(高橋啓訳 東京創元社 3080円)を読む。ルネッサンス期のフィレンツェで起きた殺人事件から始まる書簡体ミステリー。ミケランジェロやカトリーヌ・ド・メディシスといった歴史上の人物が登場して、一方で事件を解き明かそうとし、一方で陰謀を張り巡らす。有名無名にかかわらず、それぞれが必死で狡猾で、純粋で愚か──書簡をつづる人々の思惑が絡み合い、その息遣いが時も場所も越えて確かに感じられ、胸が熱くなった。歴史の知識が乏しく、書簡の書き手たちの素性を何度も確かめながら読み進めたが、それがまた楽しくてたまらない。これもまた、史実をもとに生み出された魅力満載の一作だった。
10月×日 馬伯庸著「ドラゴン・メトロ─地龍鉄道─」(大恵和実訳 早川書房 2750円)を読む。龍が地下鉄車両のように人を運ぶ唐の都、長安城。龍といえば、ファンタジー世界最強の生き物だが、鎖につながれて人や荷物を運ばされる龍の姿はあまりに切ない。そんな彼らには魅力的な個性があり、思わずクスッと、時にはウルッとさせられた。



















