著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

「あなたに小説執筆をつよく勧めたのは藤田だから」小池真理子さんの言葉に胸が塞がりそうになる

公開日: 更新日:

現在なら藤田さんの言葉たちの真意もわかる

 そのとき点けられた種火は、胸の奥でくすぶりながらも消えていなかったらしい。2013年、作家の白石一文さんが初対面のぼくに向かって発した「あなたは小説を書く人だ」には、そのころ疎遠になっていた藤田さんの声が重なって聞こえた。

 脱稿するまではあえて告げるまいと心に決めて執筆に着手した。がしかし、どんなに長引いても3年もあればゴールできると高を括って始めた執筆は、訃報が届いた2020年1月でも迷走をつづけていた。彼の死がもたらした悲しみと自分の不甲斐なさの入りまじった感情が、その後どれほどつよく背中を押してくれたか。初小説『永遠の仮眠』の見本があがったのは、藤田さんが星になってちょうど1年が経った2021年1月のことだった。

 現在なら藤田さんの言葉たちの真意もわかる。一編の小説を書くのはそれだけで貴重な人生経験だ。書き下ろし長編ならば尚更。ぼくもその数年間は、実生活の家族とは別にもうひとつ秘密の家庭をもっているような後ろ暗い快感があった。小説を書く醍醐味のひとつは、疚しさを快感に昇華することなんだな。藤田文学の頂点『愛の領分』も大人の疚しさが最大の魅力だったではないか。

 瀟洒なご自宅で久しぶりに会う小池真理子は、やはり美しいひとだった。憧れの女性と初めてふたりきりで過ごす時間。終始明るい雰囲気で、思い出話に花が咲く。誰も入ったことのないという故人の仕事場も見せていただいた。

「あなたに小説執筆をつよく勧めたのは藤田だから」の言葉に胸が塞がりそうになる。自分に疚しさはないかという疑問を封じ込めるために、間断なく喋りつづけた。幸せだった。少年時代から〈物語〉に求めてきたすべてがそこにあった。

 リビングの巨大な全開口窓の向こうは、あいにくの曇天。赤ワインの抜栓を買って出る。シュポンと心地よい音を立ててコルクは抜けた。

「藤田もいればねー」

 明らかにふざけた口調で真理子さんが言う。鼻の奥がツンとして、曇天がにじんだ。

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 芸能のアクセスランキング

  1. 1

    萩本欽一〈24〉相方の坂上二郎さんとは「遊ばない・食事しない・夢を語らない」を徹底した事情

  2. 2

    バナナマン日村が簡単に復帰できそうにない「もう1つの理由」…レギュラー11本抱える人気者のジレンマ

  3. 3

    NHK3年連続赤字で番組制作費82億円カット…タモリもダーウィンも華大も豊臣もピンチ!

  4. 4

    佐藤二朗「橋本愛へのハラスメント」報道に猛反発…板挟みのフジテレビが抱えた厄介すぎる“爆弾”

  5. 5

    日テレが「news LOG」和久田麻由子を全面バックアップできない切実事情…佐藤栞里や有働由美子との決定差

  1. 6

    佐藤二朗「週刊文春」ハラスメント疑惑報道に猛反発の行方…スポンサー企業はCM差し替えに動くのか?

  2. 7

    椎名林檎と成田悠輔氏の親密デート発覚!「異色の超ビッグカップル」誕生も「いわくつき」と見られるワケ

  3. 8

    橋本環奈に近日ゴールイン説が再浮上…破局説も流れた中川大志と表参道デート&高級パジャマ

  4. 9

    元ボクシング世界王者・薬師寺保栄が妻に無断でレースQの愛人を「養女」に…妻が明かした苦しい胸中

  5. 10

    【5.独走態勢】「ミッドナイトフライト」「夜間飛行」が候補だったが、明菜が「北ウイング」を提案した

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    バナナマン日村が簡単に復帰できそうにない「もう1つの理由」…レギュラー11本抱える人気者のジレンマ

  2. 2

    萩本欽一〈24〉相方の坂上二郎さんとは「遊ばない・食事しない・夢を語らない」を徹底した事情

  3. 3

    NHK3年連続赤字で番組制作費82億円カット…タモリもダーウィンも華大も豊臣もピンチ!

  4. 4

    289億円負債で経営破綻した絆ホールディングスと政界の“不可解なキズナ”を福祉関係者が注視

  5. 5

    日テレが「news LOG」和久田麻由子を全面バックアップできない切実事情…佐藤栞里や有働由美子との決定差

  1. 6

    高市首相「中傷動画」への“追及地獄”継続確定! 与党の自民維新が大混乱で「会期延長」不可避

  2. 7

    「愛子天皇」潰しが国会の最優先法案? 麻生副総裁の野望に振り回される皇室と国民生活

  3. 8

    森保監督の「1年続投案」は消去法か…日本サッカー協会31億円赤字でクビが回らぬ懐事情

  4. 9

    本木雅弘の長男UTAがNetflixで俳優デビューも…“ガス人間”役への大抜擢は「また2世」か「実力」か

  5. 10

    田中みな実の結婚&妊娠で小芝風花、河合優実、長澤まさみの動向に芸能記者が熱視線のワケ