中森明菜の『難破船』はなぜレコード大賞を逃したのか? マッチが席巻した1987年が権威失墜の始まり
最も不思議なのは、87年のテレビ各局の歌謡祭で、すべて近藤真彦が大賞(グランプリ)を受賞している点だ。『日本歌謡大賞』では『泣いてみりゃいいじゃん』、『FNS歌謡祭』では『愚か者』、『日本テレビ音楽祭』『全日本歌謡音楽祭』『メガロポリス歌謡祭』では『さすらい』が選ばれている。
「オリコンの年間順位を見ると『泣いてみりゃいいじゃん』は63位、『さすらい』は84位です。とてもグランプリを取るような売れ方はしていません。これで視聴者が『音楽祭』に疑問を持ち、一気に冷めたのでしょう」
■29.4%→21.7%→14.0%と視聴率が急落
87年のレコード大賞は視聴率29.4%だったが、88年は21.7%と急落。89年には14.0%にまで落ち込み、権威を失っていった。歌謡大賞、テレビ局の音楽祭は90年代前半に相次いで終了。FNS歌謡祭は90年限りで、コンテスト形式を辞めた。
「この頃すでに、テレビ局のジャニーズ事務所への偏重は始まっていた。マッチが悪いわけではありません。副社長のメリー喜多川氏が裏で暗躍していたのでしょう。テレビ局は公正中立の原則を忘れてしまったと言われても仕方がない。中森明菜の『難破船』、瀬川瑛子の『命くれない』、少年隊の『君だけに』など他に大賞を受賞すべき曲はたくさんありましたから」


















