「KINDNESS 思いやりと優しさで世界を変える」ジャシンダ・アーダーン著・神崎朗子訳/河出書房新社(選者:稲垣えみ子)
「人を助けたい」一国の首相の素朴な親切に素直に驚いた
「KINDNESS 思いやりと優しさで世界を変える」ジャシンダ・アーダーン著・神崎朗子訳
きっととんでもないことが大口を開けて待っているであろう時代を生き抜くためのキーワードは、実は「親切」なんじゃないかということを過日の当欄で書いた私ですが、そうこうするうち、ずばり「カインドネス」という本が発売されたことを知る。
なんと、著者は元ニュージーランド首相。サブタイトルにもあるように、本書は「思いやりと優しさ」(要するに親切)で世界を変えようとした一国の首相の回顧録なのだ。野党の政治家の理想論ではない。何度も言うが一国の首相である。ドロドロに違いない権力闘争を勝ち抜いた人の実践である。しかも分断と混乱がどんどん進む、「親切」どころか「差別」こそが票を集める世の中なのである--ええ「親切こそがこの世を生き抜くキーワード」と言っておきながらナンですが、私が考えていたのはあくまで個人レベルの話でして、まさか権力のキーワードにこれが出てくるなんて、一体どどどどーいうこと……? と、この分厚い本を購入したのであった。
で、果たしてどうだったのかってことですが、驚いたことにマジックもミラクルもなし。子供時代、人情に厚い警察署長の父と、教会活動で人助けに取り組んだ母のもと貧しい田舎町で育ったジャシンダは、一筋縄ではいかない世の中の矛盾と、その中でも誇りを持ち助け合って生きる人々を見て、自分も困っている人を助けたいと素朴に考えるようになる。それからさまざまな出会いや偶然があり37歳で史上最年少の首相になり、凄惨なテロ事件やコロナ禍に真っすぐに奔走する物語は痛快な映画のよう。だが「困っている人を助けたい」と願う彼女の姿勢は常時そのまんまである。拍子抜けするほど取引も妥協もない。ってことは、彼女と同様「人を助けたい」と思っている人は実は政治の世界にも有権者にも大勢いたということに他ならず、そのことに素朴に驚いたんだが、でもそれって当然のことなのかもしれない。
結局、誰だって人に親切にしたいのだ。でも現代にはそれを阻む「何か」が存在しているのだろう。本当は他者を救いたくとも、他者が救われれば自分が損なわれると考えずにはいられない人たちを生み出し続ける「何か」。今確かに世界中に蔓延している、その「何か」こそが真の脅威なのだ。 ★★★



















