中森明菜の『難破船』はなぜレコード大賞を逃したのか? マッチが席巻した1987年が権威失墜の始まり
レコード大賞は80年代に入っても、30%台の高視聴率を維持していた。その数字が落ちるキッカケとなったのは、明菜が"3年連続レコード大賞を取るはずだった"87年である。
「当時から、レコード大賞には『事務所の力が働いている』という疑惑が囁かれていました。しかし、大賞にはピンク・レディー『UFO』(78年)、寺尾聰『ルビーの指環』(81年)、中森明菜『DESIRE-情熱-』(86年)などの大ヒット曲が並んでおり、視聴者も納得の受賞が続いていました」
実際、過去10年(77年~86年)を振り返ると、大賞受賞曲でオリコン年間売上ベストテンに入ってないのは80年の八代亜紀『雨の慕情』(26位)、84年の五木ひろし『長良川艶歌』(14位)の2曲のみである。
「『雨の慕情』はリクエスト回数で決まる『全日本有線放送大賞』の優秀スター賞を受賞しています。『長良川艶歌』は売上枚数、有線放送、ラジオリクエスト、ハガキ投票の4部門で順位を決める『ザ・ベストテン』(TBS系)の年間1位でした。いずれも、レコード大賞の受賞は別におかしくなかった」


















