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名郷直樹「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

研究結果と個人の実感の差「予防のパラドックス」はなぜ起きるのか

公開日: 更新日:

 引き続き、研究結果と個人のギャップについて取り上げていこう。マスクの問題に戻れば、「マスクが感染予防に有効」という論文であっても、その実情は、マスクを着けて感染しなかった人、マスクを着けずに感染した人だけではなく、マスクを着けたにもかかわらず感染した人、マスクを着けなくても感染しなかった人が必ず含まれる。

 個人個人の経験に基づくならば、マスクを着けていても感染した人や、マスクを着けずに感染しなかった人は、マスクに意味はないと考えるのが普通だろう。さらにはこれだけみんながマスクを着けていても流行が収まらないという現実を見れば、「マスクは無意味」と考えるのが正しいように思えるだろう。そして、それはある意味正しい。

 臨床試験では、マスクをする人としない人を比べるのだが、それはあくまで研究の枠組みの中でのことに過ぎない。現実にはマスクをした生活、しない生活という、いずれかの生活があるだけだ。個人個人がその2つを比較することは困難だ。

 たとえばマスクの着用によって10万人中100人の感染が80人に減るとする臨床研究があったとしよう。「マスクをしても80人が感染するのか、それならマスクは無意味ではないか」と思う人は多いだろう。感覚的な印象で言えばそれは正しい。しかし、10万人中100人が感染する世界を経験したら、どうだろう。両者を比較した末の結論は変わるかもしれない。個人に効果が実感できなければ、個人にとってマスクが有効という研究結果はそもそも意味がない。集団に対する効果を個人にとっても有効だというのはむしろ正しくない。これは「予防のパラドックス」と呼ばれるものの一側面である。

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