一夜にして視力を失い…石井健介さん多発性硬化症との闘い 異変から二度の入院、後遺症、そして社会復帰

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「見えないからできる仕事」が生業に

 2回目の退院をしてからは、千葉県の実家で暮らしています。実家に戻る想定はしていませんでしたが、ちょうど住んでいたアパートが建て替えのため立ち退きを余儀なくされていましたし、祖母がいた2世帯住宅の実家には、1世帯分の余裕があったので“渡りに船”。周辺の地理や家の間取りも頭に描けるので、本当に幸運な引っ越しでした。

 社会復帰は早かったです。中途失明(見えていた人が見えなくなる)の場合、1~2年引きこもっても不思議じゃないそうですが、私は早く社会復帰したかった。半年後には白杖を持って街に出て、見ず知らずの人とコミュニケーションを取りました。視覚障害者のためのスマホ機能を駆使するようにもなりました。

 人とのつながりができると仕事の声もかかり、“見えないからできる仕事”が私の生業になりました。当たり前に見えてできていたことを見えない中でやるって、難易度が上がったゲームのようで、面白がれるようになりました。

 もちろん、そんな精神状態になるまでにはとことん落ち込みました。我が子の顔が見えないことに絶望もしました。

 立ち直るきっかけで一番大きかったのは、「自己受容」です。「泣くな、しっかりしろ」と鼓舞するのではなく、嘆く自分に寄り添って“嘆き切る”こと。そうして気づいたのは、まずは自分が自分を愛さなければならないということでした。

 主治医をはじめ、看護師さん、家族、友人、そして視覚障害の先輩方が多くの気づきを与えてくれました。諸先輩方に悲愴感がないので、私も見えるようになることに昔ほど固執しなくなりました。そうはいってもいろいろありますけどね。

 妻は初めから「なったものは仕方ないじゃない」とクールな人です。優しい言葉をかけられたこともありません。でも、それだけ私の自主性や能力を信頼してくれているのだと思っています。勝手にですけど(笑)。 

(聞き手=松永詠美子)

▽石井健介(いしい・けんすけ)1979年、千葉県出身。アパレルやインテリア業界を経て、2012年にフリーランスの営業・PR職の活動を始める。16年に多発性硬化症を発症し、一夜にして視力を失う。現在はダイバーシティコミュニケーションの企業研修講師やポッドキャスト番組のパーソナリティー、映画の音声ガイドに関わる仕事など、多岐に活躍。著書に「見えない世界で見えてきたこと」がある。

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