具志堅用高さん(3)「練習以外誰とも会わない」というストイックさに打たれました
──世界チャンピオンで、超有名人になってもそんなに大変だったのですか。では、防衛を続けることの大変さってなんですか?
トレーナーを信じて毎日同じメニューをこなす。それ以外は孤独ですよ。練習以外、部屋から出たことはありません。いつもマスクして、誰とも会いません。
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世界チャンピオンになれば、チヤホヤされるのかと思ったら大間違いでした。なんと防衛戦5回目までアルバイトを続けていたとはビックリです。そして、世界チャンピオンは一回とるだけでなく、防衛を続けること、トップを保つこと、そのためには孤独が肝で交友関係や健康を管理し、ストイックに練習をするという厳しい現実を初めて知りました。
次回は世界チャンピオンを13回維持できた秘密と健康管理を聞いていきます。
▽具志堅用高(ぐしけん・ようこう) 石垣島出身。1955年生まれ。WBA世界ライトフライ級チャンピオン(当時国内ではジュニアフライ級)、13回防衛の日本人記録を持つ。26歳で引退。引退後は太田プロ所属のタレントとして活躍。ジム経営にも挑戦し、名護明彦、嘉陽宗嗣らを育てた。比嘉大吾はWBC世界フライ級王者となった。国際ボクシング名誉の殿堂のオールドタイマー。



















