高須基仁さん<3>ゲーム&ウォッチ出現で玩具業界去る決意

公開日:

 1981年にトミー(現・タカラトミー)が満を持して発売したカードゲーム「UNO」は、初年度は5000セットしか売れなかった。倉庫には大量の在庫と返品の山……。そこで高須さんはあるPR手法を思い付く。

「UNOを売るためには、まずルールを知ってもらわなければなりません。そこで各大学を回って学生さんたちに頼み、UNO大会を開催してもらったのです。このおかげで認知度は高まり、さらにUNOの協会を自らつくって初代会長に就任しました」

 この功績が認められ、高須さんは玩具専門誌「トイジャーナル」の表紙を飾っている(写真)。

「UNOは、任天堂の花札やトランプに対抗したものでした。ただ、どうしても私がこの日本でUNOをヒットさせたかったのは、カードゲームを通して家族の交流を深めて欲しかったから。みんなでワイワイガヤガヤ……、おもちゃの楽しみを知ってもらいたかったのです」

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    原監督は喜色満面だったが…FA丸獲得で巨人が買った“火種”

  2. 2

    二階幹事長“重病説”で急浮上「後任本命に竹下亘氏」の狙い

  3. 3

    ゴーン起訴・再逮捕がトドメ…拍車がかかる特捜部解体論

  4. 4

    安倍首相の“言葉遊び”を超えた詐欺師の手法はいずれバレる

  5. 5

    好きな女子アナに異変…弘中綾香&宇垣美里が好かれるワケ

  6. 6

    まさか飲酒? 深夜の議員宿舎で維新の議員がド派手な事故

  7. 7

    広島はマネーゲームせず…丸にも最後は“渋チン”貫いた理由

  8. 8

    SNS全盛時代に学ぶ 明石家さんまの金言「丸裸にならない」

  9. 9

    丸の“広島エキス”が原監督の狙い G若手を待つ地獄の練習量

  10. 10

    キミを守れなかった…金本擁護から逃げた坂井信也オーナー

もっと見る