高須基仁さん<4> トミーに残っていれば役員になっていた

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 高須さんのサラリーマン生活は、足かけ14年で終わりを告げる。

 トミー退社直前の1983年4月、東京ディズニーランドが開園。オフィシャルスポンサーのトミーは、開業前に社員全員が招待され、このテーマパークを楽しむことができた(写真)。トミーで過ごした最後の時だ。

「あのままトミーに残れば役員になれたでしょうし、ある重役の方にも『君はパドックに入った。いずれは専務だよ』といったニュアンスも伝えられていました。ただ、オモチャの主流は電子ゲームに切り替わり、82年にトミーが発売したゲームパソコン『ぴゅう太』も、任天堂の『ファミリーコンピュータ』に大惨敗を喫してしまった。私はアナログオモチャの作り手であり、電子ゲームの時代には限界が見えていました」

 そんな折、ミニカーで知られるイギリス発祥の玩具メーカー、マッチボックスの社長から電話があり、マッチボックス・ジャパンの社長に誘われた。高須さん、36歳の頃だ。

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