「麻布には通信簿がないんですが、テストの点数で学年300人中何位かわかる。中1の時は260位前後の成績で、これからどうなるのか不安でいっぱいでした」
その後は徐々に成績も上がり、高3の実力試験では学年で60位台を取るまでになった。
サークルは軟式テニス部に入った。東京都の私立中学大会でベスト8に入るなど活躍したが、次第にヤル気をなくしていく。中2の途中でバスケ部をやめて入ってきた同級生がとても強くて、瞬く間にエースの座を奪われてしまったのだ。その人物とは第1次石破内閣で法務大臣を務めた牧原秀樹氏。今でも時々顔を合わす仲間の一人だ。 (つづく)
(ジャーナリスト・田中幾太郎)