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権藤博野球評論家

1938年12月2日、佐賀県鳥栖市生まれ。鳥栖高からブリヂストンタイヤを経て61年に中日入り。1年目に35勝19敗、防御率1.70という驚異的な成績を挙げ、最多勝や沢村賞などタイトルを総ナメに。連投に連投を重ねる姿に「権藤、権藤、雨、権藤」の流行語が生まれた。68年に現役引退後は各球団の投手コーチを歴任。横浜で初の監督に就任した98年にはいきなりペナントを制し、38年ぶりの日本一に導いた。

球界のトップにもラグビー森重隆会長のような人材が欲しい

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 私にとっても、素晴らしい朗報だった。

 日本開催のW杯開幕を9月20日に控える日本ラグビー協会の会長に元日本代表の森重隆氏(67)が就任した。実は、新日鉄釜石の全盛期にセンターとして活躍した彼とは30年来の付き合いで、普段は「しげたか」と気安く下の名前で呼ばせてもらっている仲なのだ。

 きっかけは、阪急の元大エース山田久志(70)の紹介だった。山田は社会人野球の富士製鉄釜石出身。会社も競技も違えど、同じ釜石でプレーしていた重隆とはかねて親交があり、私が大のラグビーファンだと知って引き合わせてくれた。明るく真っすぐな重隆の人柄に一発で惚れ、それ以来、定期的に酒を飲む関係が続いている。

 明大、新日鉄釜石時代の彼は勇猛果敢だった。自分よりひと回りもふた回りも大きい相手に猛然と頭から突っ込んだ。激しいタックルにいって、気を失うことは日常茶飯事。「目が覚めたら試合が終わっていたなんてこともありましたよ」と豪快に笑うが、「自分がタックルにいかなければ、その後ろの味方が痛い目にあう。だから、怖くてもいかなきゃいけない。それが、ラグビーなんですよ」という言葉にその性格がよく表れていると思う。熱血漢は、彼のためにある言葉である。

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