著者のコラム一覧
六川亨サッカージャーナリスト

1957年、東京都板橋区出まれ。法政大卒。月刊サッカーダイジェストの記者を振り出しに隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長を歴任。01年にサカダイを離れ、CALCIO2002の編集長を兼務しながら浦和レッズマガジンなど数誌を創刊。W杯、EURO、南米選手権、五輪などを精力的に取材。10年3月にフリーのサッカージャーナリストに。携帯サイト「超ワールドサッカー」でメルマガやコラムを長年執筆。主な著書に「Jリーグ・レジェンド」シリーズ、「Jリーグ・スーパーゴールズ」、「サッカー戦術ルネッサンス」、「ストライカー特別講座」(東邦出版)など。

爆撃機ミュラーが見たくて真冬の国立競技場で寝袋にくるまった高2の冬

公開日: 更新日:

〈爆撃機〉のニックネームで知られる元西ドイツ(当時)代表のレジェンドストライカーであるゲルト・ミュラーが8月15日に死去した。享年75。

 彼のプレーを初めて見たのは、1970年のメキシコW杯だった。当時は、東京12チャンネル(現テレビ東京)が(録画ではあるが)サッカー番組「三菱ダイヤモンドサッカー」でメキシコW杯の名勝負を放映していた。

 前回1966年イングランド大会決勝の再現となった準々決勝・西ドイツーイングランド(3-2)は4年前に続いて延長戦に突入。延長後半8分、ユルゲン・グラボウスキーの右クロスを左サイドでヨハネス・レールがヘッドで折り返すと、ミュラーは右足ジャンピングボレーで決勝点を決めた。あの頃、このシーンをマネしたサッカー少年も多かったはずだ。

 準決勝で西ドイツはイタリア相手にまたもや延長戦にもつれ、3-4で敗れて決勝に進めなかった(3位決定戦でウルグアイに1ー0勝利。決勝点はウォルフガング・オベラーツだった)。ミュラーは通算10ゴールを挙げ、得点王と同年のバロンドール(欧州最優秀選手賞)を獲得した。

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