著者のコラム一覧
梅原敦プロキャディー

1974年4月生まれ。京都府向日市出身。98年「つるやオープン」から藤田寛之とコンビを組み、15年間専属キャディーとして14勝を挙げ、2012年賞金王、海外メジャーも経験。14年からフリーになり、森田理香子、一ノ瀬優希、成田美寿々、李知姫、塚田陽亮プロとのコンビでも優勝。22年は菅沼菜々のバッグも担ぐ。キャディーとして通算22勝。軽自動車のキャンピングカーで男女ツアーを転戦中。

藤田寛之さんが来季米シニアツアーのシード入り 2人きりの全米オープン予選会を思い出した

公開日: 更新日:
藤田寛之(C)ロイター

 僕が藤田寛之さんの専属キャディーになったのは1999年。無名で小柄(168センチ)なプロが、ジャンボ(尾崎)さんの猛追を振り切り優勝した97年のサントリーオープンを見て感動。ゴルフ場の研修生だった僕はプロゴルファーになる夢をあっさり捨てて、押しかけ同然で雇ってもらったのです。

 藤田さんは関西や関東圏での試合が終わると愛車でホームコース(静岡・葛城GC)へ直行。ドライビングレンジでボールを打ち始めます。自宅はゴルフ場の近くだったけど、試合後なのに夜遅くまで練習し、翌朝7時には再びホームコースへ向かう。当時のツアープロは、みんなそうだと思っていたんですが、そこまでやっている人は珍しかった。ちなみに、その頃の藤田さんは独身。居候していた僕は、家賃も食事代も交通費もタダ。生活の面倒も見てもらっていたのです。

 その藤田さんが、来季の米シニアツアーのフルシード権を獲得しました。

 そこで思い出したのが全米オープンの予選会です。本戦初出場は2010年。難コースのぺブルビーチでしたが、それより前、確か02年に現地予選会を受けたのです。今は国内でも予選会は行われていますが、それが始まったのは05年から。こう言ってはなんですが、当時の藤田さんは、まだツアー2勝です。わざわざ米国まで行って予選会を受けるとは思いませんでした。4大メジャーの中でも、全米オープンには特別な思い入れがあったようです。

 現地の宿舎は2階建ての安いモーテル。スタート時間は7時前だったか、とにかく早い。当日の朝はどこも飲食店はやっていない。マクドナルドを見つけたのでドライブスルーで注文すると、僕も藤田さんもマイクの声が何を言っているのかさっぱり。やがて店の人が出てきて、 

この記事は有料会員限定です。
日刊ゲンダイDIGITALに有料会員登録すると続きをお読みいただけます。

(残り408文字/全文1,145文字)

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    2度目の離婚に踏み切った吉川ひなの壮絶半生…最初の夫IZAMとは"ままごと婚"と揶揄され「宗教2世」も告白

  2. 2

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  3. 3

    嶋基宏は一時期ノイローゼ状態になっていた...心ここにあらずで、魂が抜けた状態に

  4. 4

    伊藤健太郎とキンプリ永瀬廉で明暗クッキリ…「熱愛報道」出口夏希の足を引っ張りかねない“イメージ格差”

  5. 5

    なぜ「愛子天皇」ではダメなのか? 美智子さまが心情を吐露する出版物を準備中…と政界で話題

  1. 6

    嵐が去る前に思い出す…あの頃の「松本潤」と「大野智」

  2. 7

    視聴率の取れない枠にハマった和久田麻由子アナの不運 与えられているのは「誰でもできる役割」のみ

  3. 8

    不慮の事故で四肢が完全麻痺…BARBEE BOYSのKONTAが日刊ゲンダイに語っていた歌、家族、うつ病との闘病

  4. 9

    居酒屋倒産が過去最多ペース 客離れの背景にある「飲み放題5000円」の壁

  5. 10

    巨人“育成の星”のアクシデントに阿部監督は顔面硬直、原辰徳氏は絶句…桑田真澄氏の懸念が現実に