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菅谷齊東京プロ野球記者OBクラブ会長

1943年、東京都生まれ。共同通信社でV9時代の巨人をはじめ、阪神などを担当。1970年代からメジャーリーグも取材した。野球殿堂選考代表幹事を務めたほか、三井ゴールデングラブ賞設立に尽力。現在は東京プロ野球記者OBクラブ会長。

約100年前、ナイターの事始めは黒人リーグだった…背景にエジソンの“大発明”

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 だが、大リーグの各球団はナイター設備になかなか手を出さなかった。設備費がかかるだけでなく「ケガが怖い」と選手たちの賛同を得られなかったからである。

 38年にドジャース(ニューヨークのブルックリン時代)が装備すると徐々に広がり、39年にはナ・ア両リーグでナイターが行われるようになった。

 第2次大戦後の46年にヤンキースが、その後にライバルのレッドソックスが続いた。タイガースが5万人を超える観衆を集めたとき、各チームのオーナーは「ナイターはビジネスになる」と認めて、ナイター時代を迎えることになった。

 ちなみに日本での初ナイターは33年ごろの学生試合で、プロ野球は48(昭和23)年8月17日、横浜ゲーリッグ球場(のち横浜平和球場、現・横浜スタジアム)で行われた巨人-中日戦(中日の勝利)だった。

 エジソンは蓄音機や活動写真(映画)なども発明。野球は歌や映画にもなり、文化の発展とともに歩んできた代表的なスポーツである。

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