【野村克也監督】阪神に根付く「ノムラID野球」…私の野球観も大きく変わりました
1977年ドラフト5位で内野手として阪神入団、引退直後の82年から昨年まで43年間にわたり、スコアラーとしてチームを支えた飯田正男氏(66)。氏の野球観が大きく変わったのは、99年の野村克也監督の就任だった。前年の98年までヤクルトで9年間指揮を執り、3度の日本一、4度のリーグ優勝を達成。阪神では3年連続最下位で退任したものの、緻密なデータ分析に基づく「ID野球」はタイガースの野球を大きく変えたといわれる。最終回は野村監督との思い出を聞いた。
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──野村監督が来て、大きく野球観が変わったと聞きました。
「そうですね。常にピリピリしながら仕事をしていましたね(笑)。なにしろ、ある試合のある投手のことについて、『おい、あの1球はどんな根拠があって投げたんや?』と聞いてくるわけですから。1試合で多いときは両軍合わせて300球ほど。僕ら先乗りスコアラーは直前に対戦相手の6試合を見ている。中には印象に残る球はあっても、何千球の1球となると、さすがに覚えきれません」


















