武上四郎さんは徹底的な指導で技術の礎を作り、それを生かす頭の使い方を教えてくれた
武上は00年オフに体調不良を理由に巨人の打撃コーチを退任。2年後の8月に肝不全でこの世を去った。
「なにも報いることができなかったけど、00年の巨人とダイエーのONシリーズで日本一になり、自分も優秀選手に選ばれる活躍ができた。それがせめてもの恩返しです」
そう言って仁志は視線をさまよわせた。(この項おわり)
▽にし・としひさ 1971年10月4日、茨城県生まれ。1年生からレギュラーを張った常総学院では3年連続で夏の甲子園に出場。早大、日本生命を経て95年のドラフト2位(逆指名)で巨人に入団。強打好守の二塁手として新人王、4度のゴールデングラブ賞を獲得するなど活躍した。06年オフに横浜に移籍し、09年限りで退団。米独立リーグでプレーしていた2010年6月に現役を引退した。日本での通算成績は14年で1587試合に出場して1591安打(打率.268)、541打点、154本塁打。
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