“貴花田キラー”だった元小結・三杉里公似さん 整体院を始めて18年「大震災とコロナでまだ借金が…」

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一番の思い出はやはり貴花田初優勝の取組

 現役時代は“貴花田キラー”といわれた。その貴乃花も角界を離れた。

「一番記憶に残る取組は、92年1月場所の千秋楽で貴花田が初優勝を決めたとき。自分の師匠は初代若乃花だったから、甥の若貴は小学校に上がる前から見ていた。師匠が朝稽古に来る自転車の後ろを、若貴も自転車を一生懸命こいでついてきて、きちんと正座をして稽古を熱心に見学していた。その若貴が力士になり、自分は貴花田が強くなる前に当たったから5連勝したけど、初優勝したときの貴花田は取組前からすごい気迫で、自分は気おされて初めて負けた。八百長なんてありえない」

 当時、前頭2枚目の貴花田は19歳5カ月で史上最年少の優勝。“若貴ブーム”を巻き起こす伝説の一番として今もファンの記憶に残っている。

 角界を去った後の貴乃花をどう見ているのか。

「テレビで見て、『そうなのか』と思っているだけ。同じ部屋だったとはいえ、年齢は10歳離れていて仲良く口をきく間柄じゃないから、性格もよく知らない。立派な横綱がいい指導者になるものでもないんだから、お互いそれぞれの道を行くだけだよ」

 28歳で結婚した夫人と、杉並区内で2人暮らし

 夫人はパートで働き、34歳の長女はOL、33歳の長男は公務員に。整体院受付に置いたタブレットの待ち受け画面は、4歳の女の子の孫の写真。幸せな家庭を築いたようだ。

 (取材・文=中野裕子)

▽三杉里公似(みすぎさと・こうじ) 1962年7月1日 滋賀県生まれ。本名:岡本公似。高校1年次にスカウトされ二子山部屋入門。79年初土俵。正統派の四つ相撲で土俵際にも強く、92年5月敢闘賞受賞。同年9月に自己最高位の東小結に。98年引退。2006年、日本相撲協会退職。

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