「英雄の条件」本城雅人氏

公開日:  更新日:

 スポーツを題材としたミステリーに定評がある著者が今回挑んだのは、野球界を蝕む「ドーピング」という闇だ。

「着想を得たのは、2013年のバイオジェネシス事件。アメリカ史上最大のドーピングスキャンダルともいわれ、ヤンキースのアレックス・ロドリゲスをはじめ多くのスター選手に処分が下されました。もし、このような事件に日本人選手が関わっていたとしたら、われわれ日本人は選手たちに対してどう反応するのか。そんなことをイメージしながら執筆しました」

 物語の発端は、ロサンゼルスの高級住宅街にあったスポーツドクターの自宅跡地から見つかった一冊のノート。そこには、05年に地元ブルックスで活躍した選手たちの名前とともに、謎の数値データが記載されていた。そして、その中にブルックスの4番打者として活躍し、現在は引退している津久見浩生の名前もあった。やがてノートがマスコミの手に渡ったことで、日米両国を揺るがす薬物スキャンダルへと発展していく。

「私がかつてスポーツ紙の記者だったこともあり、登場人物のモデルは誰なのかと聞かれることが多々あるんです(笑い)。しかし、まったくの架空の人物であり、モデルなどいないと断言させてください」

 ただし、日本人選手はドーピングなど絶対にしないと言いたいわけではない。それはかえって、日本人選手に失礼な考え方だと著者は言う。

「プロの選手、とりわけスターと呼ばれる選手たちは、皆ギリギリのところで戦っている。自分のため、チームのため、そしてファンのために極限状態で勝利を目指しています。そんな時、わずか1%でも勝利への可能性を高める薬が目の前にあったら……。勝つことよりもクリーンに試合に挑むことを選び、それで負けても仕方がないなどとあっさり言える選手は、少ないのではないでしょうか」

 今回の執筆にあたり、知り合いのプロ野球選手にも意見を聞いたという。もし、ドーピングの誘惑に晒されたらどうするか。皆一様に「考えて、悩む」と答え、物語の登場人物たちの行動を否定した者はいなかったそうだ。

 本作では、津久見という日本人スラッガーの他、ブルックスの中心選手で現在も現役を続けているジェイ・オブライエン、疑惑のスポーツドクターと関わりが深く、現在は日本のチームに所属する武藤勉という二軍の選手が登場する。三者三様のドーピングへの向き合い方、その群像劇にも注目だ。

「ビジネスマンでも、多少のズルい手段を使ってもこの契約は絶対に取る、という局面はあると思うんです。仕事に熱心な人ならなおさらです。ドーピングは決してあってはならないこと。しかし、われわれ観客側がスポーツに感動を求め、“清く正しく、絶対に勝て”という無理難題を押し付ける傾向が強くなっていることから、心身ともに追い込まれる選手も少なくないことは、理解する必要があるはずです」

 2020年には東京にオリンピックがやってくる。日本人選手たちは、母国で勝つというプレッシャーと戦い続けなければならない。

「もし日本でアメリカのようなドーピングスキャンダルが起きても、ドーピング=悪という単純な思考で、選手の経歴や人間性すべてを否定し、袋叩きにするような事態だけは避けなければならないと思いますね」(新潮社 1800円+税)

▽ほんじょう・まさと 1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学経済学部卒業。スポーツ紙記者としてプロ野球やメジャーリーグ取材などに携わる。2009年、第16回松本清張賞候補作の「ノーバディノウズ」で作家デビュー。同作で第1回サムライジャパン野球文学賞大賞を受賞。代表作に「去り際のアーチ」「球界消滅」「トリダシ」などがある。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のBOOKS記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    “年金博士”警鐘 支給年齢「68歳引き上げ」が意味すること

  2. 2

    地方は“安倍自民NO” 高知新聞「内閣支持率26%」の衝撃

  3. 3

    JOC会長を猛批判 小池知事に長男・竹田恒泰氏との“因縁”

  4. 4

    年商200億円の深キョン新恋人 “ホコリだらけ”の女性遍歴

  5. 5

    常盤貴子「グッドワイフ」上昇のカギは美魔女の輝きと気概

  6. 6

    高校ラグビー決勝戦で話題に 各地の「桐蔭」の由来は?

  7. 7

    上田慎一郎監督が語る 10年前の小説から「カメ止め」まで

  8. 8

    カリスマ経営者が警告「リーマンに近いことに」の現実味

  9. 9

    史上最弱横綱・稀勢の里 引退した途端“英雄扱い”の違和感

  10. 10

    菊川怜の夫は裁判沙汰に…女性芸能人が“成金”を選ぶリスク

もっと見る