日本統治下の台湾に登場したモダニズムな人たち

公開日: 更新日:

 昭和初年代、日本の植民地支配下にあった台湾に、日本語で前衛詩を書く若者たちがいた。彼らの住まう台南は蒼然たる古都で、周囲に前衛文芸の理解者はなく、彼らは同人雑誌に集って心のよりどころとした。その誌名がMOULIN(ムーラン)。「風車」を意味するフランス語で、彼らは「風車詩社」と称したという。

 この結社をめぐる歴史を描くのが今週末封切りの「日曜日の散歩者」。分類すればドキュメンタリーだろうが、今年40歳の黄亞歴(ホアン・ヤーリー)監督は戦前の台湾モダニズム文学に深く魅せられ、大胆にシュールレアリスム(超現実主義)やサンボリスム(象徴主義)のスタイルを模した映像づくりに専心した。

 その結果、近年のドキュメンタリーとしては難解とも評されるようだが、昔はNHKの定番番組にだってこの程度に高踏をきどる作品はいくらもあった。むしろ目をとめたいのは全編を覆う切々たる寂寥感。そしてその由来が、明治末から半世紀にわたる日本統治下の台湾で初等から日本語教育を受けた世代が、日本語を通して西欧のモダニズムに焦がれ、審美運動に血道をあげたという複雑な歴史の陰りからきていることだろう。

 日独両語を操る多和田葉子の「エクソフォニー――母語の外へ出る旅」(岩波書店 960円+税)は、母語と外国語のどちらでもない「境界の住人になりたい」というが、これは母語からの解放に快をおぼえた人の言葉。しかし台南詩人たちにとって憧れの西欧の美は、日本語という「もうひとつの与えられた母語」を介して遠くに望むものであったのだ。

 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    “芸能界のドン”逝去で変わりゆく業界勢力図…取り巻きや御用マスコミが消えた後に現れるモノ

  2. 2

    落合博満さんと初キャンプでまさかの相部屋、すこぶる憂鬱だった1カ月間の一部始終

  3. 3

    渡辺謙63歳で「ケイダッシュ」退社→独り立ちの背景と21歳年下女性との再々婚

  4. 4

    巨人・戸郷翔征は「新妻」が不振の原因だった? FA加入の甲斐拓也と“別れて”から2連勝

  5. 5

    米価高騰「流通悪玉論」は真っ赤なウソだった! コメ不足を招いた農水省“見込み違い”の大罪

  1. 6

    大阪万博は鉄道もバスも激混みでウンザリ…会場の夢洲から安治川口駅まで、8キロを歩いてみた

  2. 7

    悠仁さま「9.6成年式」…第1子出産の眞子さん、小室圭さんの里帰りだけでない“秋篠宮家の憂鬱”

  3. 8

    参政党議員「初登院」に漂った異様な雰囲気…さや氏「核武装」に対しゼロ回答で現場は大混乱

  4. 9

    ダルビッシュの根底にある不屈の反骨精神 “強いチームで勝ちたい大谷”との決定的な違い

  5. 10

    悠仁さま「友人とガスト」でリア充の一方…警備の心配とお妃候補との出会いへのプレッシャー