アフリカのある国で新しい地図を頼んだら…

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「ことばだけでは伝わらない」西江雅之著 幻戯書房 2200円+税

 もう40年ほど前だろうか。こんな話が伝わってきた。西江雅之という人は、英語の本をドイツ語に訳しながらフランス語で会話ができるんだ、と。当時既に気鋭の文化人類学者であり、数十の言語に通暁している言語学者として知られていたが、その全貌はまだ見えなかった。遺著となる本書を読むと、西江さんが世界各地を旅して回り、そこで何を見ようとしていたのか、分かる気がする。

 本書は、2009年から11年まで「考える人」に連載された「マチョ・イネの文化人類学」(マチョ・イネはマサイ族の言葉で「四つ目」、つまり眼鏡をかけている人のことで西江さんの愛称)をまとめたものだが、著者の死によって加筆修正が未完となっている。

 全9章で、表題の通り、伝え合い(人と人との現場での対面的なコミュニケーション)に関して考察したもの。従来のコミュニケーション論の多くが「言語」と「非言語」とを分けて論じているのに対して、ここでは、ことば、身ぶり、顔の表情、姿勢、環境、時間、空間といった諸要素を踏まえて「伝え合い」の全体をとらえようとしている。と書くと、何やら小難しいように思えるかも知れないが、そこはマチョ・イネ、豊富なフィールドワークの体験による具体的な例が示される。

 例えば、東アフリカのある国で、この国の地図が欲しいといったところ、町の役人が昔の植民地時代の地図を持ってきた。もっと新しい地図がいいというと、役人は、いや、これは今買ってきたばかりの「新しい」ものだと。

 なるほど世界は広い。こんな具合に日本だけの「常識」に凝り固まっているわれわれの頭を小気味よくほぐしてくれる。小さい頃、近所の野生動物を観察しているうちに自分も彼らの仲間になろうとした西江さん。人類学者になっても外からではなく、内に入って彼らと一体となるのがその流儀だった。その西江さんは、もういない。

<狸>

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