「世界をまどわせた地図」エドワード・ブルック=ヒッチング著 関谷冬華訳 井田仁康/日本語版監修

公開日: 更新日:

 2009年、メキシコ政府はジェスト・シエラ号で専門家をメキシコ湾に送り出した。目的は、ユカタン半島北海岸沖に浮かんでいるはずの「ベルメハ島」を発見するためだ。同島は、1539年発行の地図「ユカタンと周辺の島」に初登場以来、19世紀まで海図に載り続けてきた。同島の存在が明らかになれば、排他的経済水域が格段に広がりその海域にある莫大な石油の採掘権を主張することができるのだ。しかし、ジェスト・シエラ号は同島を見つけることはできず、メキシコでは採掘権を争う米国が島を破壊したり、海面下まで削ったとの説まで出回ったという。

 本書は、このように地球上に存在しない国や島、都市、山脈、川、大陸、種族などが描き込まれ、人々を惑わし続けてきた古地図と、その地図が巻き起こしたドラマを紹介するビジュアルブック。

 そもそも、どうして存在しないものが地図に描かれてきたのか。中世のヨーロッパで、地図に歴史的事実とともに、当時、一般的に信じられていた俗説があわせて書き込まれてきたことが影響するようだ。

 インド洋のどこかに浮かんでいるとされた島「タプロバナ」などは、紀元前3世紀からその存在が知られていた。15世紀の書物にも登場するその島は、甲羅の下に家族が住めるほどの巨大なカメや犬サイズのアリ、巨大な一本足の種族がいるなど多くの伝説に包まれている。だが、どうやらスマトラ島やセイロン島のことを指しているようだという。

 また蜃気楼などの目の錯覚で実体のない幻が地図上に出現するケースもある。ドイツの地質学者で北極探検家のトーリ男爵が命懸けで目指した北極海の「サンニコフ島」もそうした島のひとつと思われる。同島は1810年、地理学者のサンニコフが発見。75年後、同海域を調査していたトーリ男爵は、サンニコフ島の可能性がある未知の島を目撃する。1900年に探検隊を率いて同島を探す調査に出たが、流氷に阻まれ、男爵は船を降りて氷上を移動中にそのまま消息を絶ったという。

 地図をめぐるそんな悲劇があるかと思えば、喜劇も起きる。18世紀のフランス人サルマナザールという人物は、自分が「フォルモサ」という架空の国からヨーロッパにやってきた最初の「フォルモサ人」だと偽り、人々に信じ込ませた。人身御供や複婚制、人食い、幼児殺人などおぞましいフォルモサの風習を紹介する彼の講演は人気を博し、またたく間に有名人となった。彼の執筆した書物に書かれたフォルモサは、現在の台湾とまったく同じ場所にあることになっている。

 他にも、古くは1774年にジェームズ・クック船長が記録し、19世紀後半のさまざまな海図にも掲載、さらにグーグルマップでもその島の姿がはっきりと確認できたが、2012年に最終的に存在しないことが確認されたというニューカレドニアの西サンゴ海に浮かぶ「サンディ島(セーブル島ともいう)」など、人類を翻弄してきた地図が続々と登場。

 そんな怪しい地図を眺めていたら、子供の頃に夢想した「宝の地図」がふと思い出された。

(日経ナショナル ジオグラフィック社 2700円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    日本は強い国か…「障害者年金」を半分に減額とは

  2. 2

    SBI新生銀が「貯金量107兆円」のJAグループマネーにリーチ…農林中金と資本提携し再上場へ

  3. 3

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  4. 4

    「おこめ券」でJAはボロ儲け? 国民から「いらない!」とブーイングでも鈴木農相が執着するワケ

  5. 5

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  1. 6

    侍Jで加速する「チーム大谷」…国内組で浮上する“後方支援”要員の投打ベテラン

  2. 7

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ

  3. 8

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    高市政権の物価高対策「自治体が自由に使える=丸投げ」に大ブーイング…ネットでも「おこめ券はいらない!」