結果的にロシアの国益に貢献するトランプの中東政策

公開日: 更新日:

「民族と国家」山内昌之著/文春学藝ライブラリー 2018年4月

 日本の報道では北朝鮮情勢の激変の陰に隠れて目立たなくなっているが、国際政治に深刻な影響を与えるのは、中東情勢である。特に去年、トランプ米大統領が宣言した米国の在イスラエル大使館のテルアビブからエルサレムへの移転が、5月中に行われることは大きい。

 トランプがこの決断をした背景について山内昌之氏はこう指摘する。
<トランプがプロテスタントの長老派信者なのに、いともたやすくエルサレムをイスラエルの首都に公式認定したのは、彼の心中にある「クリスチャン・シオニズム」の思想のせいであろう。これは、神がユダヤ人にイスラエルという土地を与えたと認める立場であり、ユダヤ人の民族的郷土への帰還運動つまりシオニズムをキリスト教の内部から補強する考えでもある。(中略)/しかしその発表タイミングは、イスラエルのネタニヤフ首相とトランプ大統領にとっては絶妙だったかもしれないが、パレスチナ自治政府のアッバース議長やヨルダンのアブドゥッラー国王らにとっては屈辱的な時間以外の何物でもなかった。二○一七年は、パレスチナにユダヤ人の民族的郷土の建設を認めたバルフォア宣言から一○○周年に当たり、国連パレスチナ分割決議から七○年を経た節目の年だからである。>

 極度に親イスラエル的姿勢をトランプ大統領が取ったことによって裨益するのがロシアだ。
<シリア内戦でISに打撃を与えアサド政権を蘇生させたロシアは、アメリカに対抗できる大国としてアラブ人とムスリムによって認知され、アラブの春を間接的に窒息させた責任はもはや問われずに済むだろう。プーチン大統領は、中東からウクライナそして極東に至るユーラシア地政学の新たな変動の基本軸として存在感をますます強めている。トランプのエルサレム発言に楔を打ち込むかのように、ほぼ同時にシリアからのロシア軍撤兵を公言したことは、たとえ一部の人員であったにしても、アラブ人とムスリムの心をとらえる心憎い演出でもあった。>

 表面上は、米ロは外交官の相互追放を行うなど東西冷戦終結後、最悪の状態だが、客観的に見れば、トランプ大統領の政策はロシアの国益増進に貢献しているのである。

★★★(選者・佐藤優)

(2018年5月3日脱稿)


最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松井秀喜氏タジタジ、岡本和真も困惑…長嶋茂雄さん追悼試合のウラで巨人重鎮OBが“異例の要請”

  2. 2

    7代目になってもカネのうまみがない山口組

  3. 3

    巨人・田中将大と“魔改造コーチ”の間に微妙な空気…甘言ささやく桑田二軍監督へ乗り換えていた

  4. 4

    福山雅治のフジ「不適切会合」出席が発覚! “男性有力出演者”疑惑浮上もスルーされ続けていたワケ

  5. 5

    打者にとって藤浪晋太郎ほど嫌な投手はいない。本人はもちろん、ベンチがそう割り切れるか

  1. 6

    文春が報じた中居正広「性暴力」の全貌…守秘義務の情報がなぜこうも都合よく漏れるのか?

  2. 7

    DeNA藤浪晋太郎がマウンド外で大炎上!中日関係者が激怒した“意固地”は筋金入り

  3. 8

    収束不可能な「広陵事件」の大炎上には正直、苛立ちに近い感情さえ覚えます

  4. 9

    横浜・村田監督が3年前のパワハラ騒動を語る「選手が『気にしないで行きましょう』と…」

  5. 10

    吉村府知事肝いり「副首都構想」に陰り…大阪万博“帰宅困難問題”への場当たり対応で露呈した大甘な危機管理