「感動経営」唐池恒二著/ダイヤモンド社

公開日: 更新日:

 国鉄が分割民営化されたとき、北海道、四国、九州の三島会社の経営は、非常に厳しいものになると誰もが思っていた。

 しかし、JR九州だけが黒字化を達成し、株式上場までしてしまった。その奇跡の最大の立役者が、現在JR九州の会長を務める著者だ。

 何をやって経営を改善したのかは、「鉄客商売」という前著に詳しく書かれているが、本書は、著者がどのように会社を動かしてきたのかという経営論だ。

 大成功を収めた経営者は、自慢話の経営論を展開することが多いのだが、本書に自慢のにおいは一切ない。それどころか、49にも及ぶ著者の経営の心得は、すんなりと腹に落ちるものばかりだ。

 著者は、「顧客にも、従業員にも感動が必要だ」と言う。そして、従業員を感動させるためには、夢を持たせないといけないというのだ。これだと、なんだかテーマパークの経営のようだが、実は著者が言う夢というのは、「いつか達成できたらいいな」という夢物語ではなく、達成すべき課題というべきものだ。ただ、課題と言うと、ノルマのようなイメージになってしまうので、夢という言葉を使っているのだろう。

 実際に、著者の経営手法は、現場に厳しいノルマを課して、従業員の尻を叩くというものではない。経営者がビジョンを語り、管理職と従業員とコミュニケーションを深めるなかでそれを共有し、そのうえで一人一人の従業員が自ら考え、努力を積み重ねることで、夢が実現するのだ。

 本書のなかで、私が一番好きな経営理念は、「異端を尊び、挑戦をたたえる」ということだ。異端者を排除せず、むしろ変革の起爆剤とする。この、現場への権限移譲の姿勢があったからこそ、男社会で硬直した官僚組織だった国鉄が、創意あふれるダイナミックな経営を行う企業に変身することができたのだろう。

 本書を読んで一番思ったのは、国鉄の民営化は正しかったが、分割は間違っていたのではないかということだ。

 もし国鉄が分割されていなかったら、おそらく著者は縮小均衡に走ろうとしているJR北海道の再建も実現させたのではないか。それが、できないことが残念でならない。

 ★★★(選者・森永卓郎)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松任谷由実が矢沢永吉に学んだ“桁違いの金持ち”哲学…「恋人がサンタクロース」発売前年の出来事

  2. 2

    ヤクルト「FA東浜巨獲得」に現実味 村上宗隆の譲渡金10億円を原資に課題の先発補強

  3. 3

    どこよりも早い2026年国内女子ゴルフ大予想 女王候補5人の前に立ちはだかるのはこの選手

  4. 4

    「五十年目の俺たちの旅」最新映画が公開 “オメダ“役の田中健を直撃 「これで終わってもいいと思えるくらいの作品」

  5. 5

    「M-1グランプリ2025」超ダークホースの「たくろう」が初の決勝進出で圧勝したワケ

  1. 6

    出家否定も 新木優子「幸福の科学」カミングアウトの波紋

  2. 7

    福原愛が再婚&オメデタも世論は冷ややか…再燃する「W不倫疑惑」と略奪愛報道の“後始末”

  3. 8

    早大が全国高校駅伝「花の1区」逸材乱獲 日本人最高記録を大幅更新の増子陽太まで

  4. 9

    匂わせか、偶然か…Travis Japan松田元太と前田敦子の《お揃い》疑惑にファンがザワつく微妙なワケ

  5. 10

    官邸幹部「核保有」発言不問の不気味な“魂胆” 高市政権の姑息な軍国化は年明けに暴走する