絲山秋子(作家)

公開日: 更新日:

10月×日 県内の友人宅に行く途中で立ち寄った道の駅に、パン屋が店を出していた。ハンバーガーもサンドウィッチもびっくりするほどおいしくてユニークで、その上しゃれている。街道沿いのそれほど遠くない場所に、2年ほど前にできた店だという。

 地方の変化といえば、シャッター通りや駅前再開発などが話題になりがちだ。しかし昭和の頃に思い描いた都市化や均一化とは異なる未来も、確実に生まれていると思う。若い人が始める個性的な店は、旧市街や商店街などの狭い縄張りを越えて、人に対してオープンであるところが好ましい。

 高橋ユキ著「つけびの村  噂が5人を殺したのか?」(晶文社 1600円+税)を読んだ。2013年7月に山口県で起きた連続殺人・放火事件とその後を追ったノンフィクションだ。「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という謎めいた張り紙を覚えている方も多いと思う。読んでいるうちに報道から得た印象とは違う複雑さが浮かび上がってきた。

 限界集落は、人口減少という未来が最初に到達した場所だと言える。そして閉鎖的な空間は、人間関係の対立やいじめなどと深い関係がある。だが、噂や憶測に縁のないひとはいないだろう。職場でも学校でも家庭でも趣味のサークルでも閉鎖性の問題は起きるのだ。だからこの事件を、遠く離れた場所で起きた奇妙で特殊な出来事とは思えない。著者は何度も現地に足を運んで丁寧に話を聞き、真摯に「噂」と向き合っている。この人でなければ書けなかった本だ。

 並行して読んでいた2冊の本も、地方から女性が発信した好著だった。藤井聡子著「どこにでもあるどこかになる前に。〜富山見聞逡巡記〜」(里山社 1900円+税)は、東京から戻ってきたパワフルでチャーミングな著者が故郷富山についてつづったもの。河田桟著「はしっこに、馬といる ウマと話そうⅡ」(カディブックス 1700円+税)は、与那国島でウマと暮らす著者によるエッセーで、文章がとてもいい。どの著者も、誰の真似もせず、小さくまとまろうとしていないところがすばらしい。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高画質は必要ない? 民放各社が撤退検討と報じられた「BS4K」はなぜ失敗したのですか?

  2. 2

    大手家電量販店の創業家がトップに君臨する功罪…ビック、ノジマに続きヨドバシも下請法違反

  3. 3

    落合監督は投手起用に一切ノータッチ。全面的に任せられたオレはやりがいと緊張感があった

  4. 4

    自民党総裁選の“本命”小泉進次郎氏に「不出馬説」が流れた背景

  5. 5

    「二股不倫」永野芽郁の“第3の男”か? 坂口健太郎の業界評…さらに「別の男」が出てくる可能性は

  1. 6

    今思えばあの時から…落合博満さんが“秘密主義”になったワケ

  2. 7

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性

  3. 8

    三谷幸喜がスポーツ強豪校だった世田谷学園を選んだワケ 4年前に理系コースを新設した進学校

  4. 9

    広陵暴力問題の闇…名門大学の推薦取り消し相次ぎ、中井監督の母校・大商大が「落ち穂拾い」

  5. 10

    佐々木朗希いったい何様? ロッテ球団スタッフ3人引き抜きメジャー帯同の波紋