著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「真夜中のすべての光」(上・下)富良野馨著

公開日: 更新日:

 本書は、「講談社NOVEL DAYS リデビュー小説賞」の受賞作だが、困ったな、詳しい内容紹介が出来ない。

 なぜなら、えーっ、こうなるのかよ、ホントかよ、と何度も驚きながら読んだのである。次々に作者が繰り出してくるアイデアを、ひらたく言えば展開の妙を、ぞくぞくしながら味わったのである。それを全部、明かしてしまっては、これから読む方の読書の興をそいでしまうだろう。

 だからここでは、主人公の彰が最愛の妻皐月を亡くしたこと、その失意に耐えかねて仮想都市パンドラに入っていく物語である、とだけ書くにとどめておく。

 こういう紹介をすると、さてはその仮想都市で亡くなった妻と再会する話だな、と早とちりする方がいるかもしれない。それで傷ついた心が癒やされて、しかしその仮想都市に永遠にいることは出来ないわけだから、また現実に戻ってくる話なのだ、と思われる方もいるかもしれない。つまり、癒やしと再生の物語であると。

 ご安心を。そういう話ではありません。いやたしかに、癒やしと再生の物語ではあるのだ。しかし、そういう話ではない。その微妙なラインの一点に、本書の独自性がある。

 テーマは、こころとは何か。感情とは何か。生きていく上で大切なこととは何か――なのだ。つまりは、私たちは何者なのか、ということだ。次作を早く読みたい。

(講談社 各750円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

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