著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「永田キング」澤田隆治著

公開日: 更新日:

「スポーツ漫才で一世を風靡した男の物語」との副題が付いた本だ。

 興味深いのは、大衆芸能史を描いた本であると同時に、時代との関連をきちんと描いていることだ。たとえば、関東大震災で壊滅的打撃を受けた東京から、労働者や被災者が職を求めて関西に移住してきて、大阪の工場は活況を呈する。で、一日3交代の勤務状態になると、夜勤明けの労働者を当て込んで、吉本興行部は所有の寄席小屋で昼席を開設。それまで寄席で色物と呼ばれ低く見られていた漫才が演芸の中心になっていく。

 理由は2つ。1つは、通向けの基礎知識が必要な演芸である落語よりも、漫才の笑いのほうが労働者にわかりやすかったこと。2つ目は、当時の落語家は毎夜、旦那衆の座敷に招かれる座敷余興が日常で、遅くまで飲むから昼席に出るのが困難だったこと。エンタツ・アチャコのしゃべくり漫才が人気を集めていった背景には、こういう時代の変化があったというのである。

 永田キングは当時、エンタツ・アチャコと並ぶ人気の芸人で、そのスポーツ漫才とは形態模写であったらしい。野球選手の動きをスローモーションで見せ、喝采を浴びたようだ。戦後はアメリカにも渡って活躍するが、なぜ人々の記憶から消えてしまったのか。膨大な資料を読み込んで(当時のパンフなどが数多く掲載されているのも見逃せない)、それを明らかにしていく過程が圧巻だ。

(鳥影社 2800円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松任谷由実が矢沢永吉に学んだ“桁違いの金持ち”哲学…「恋人がサンタクロース」発売前年の出来事

  2. 2

    ヤクルト「FA東浜巨獲得」に現実味 村上宗隆の譲渡金10億円を原資に課題の先発補強

  3. 3

    農水省「おこめ券」説明会のトンデモ全容 所管外の問い合わせに官僚疲弊、鈴木農相は逃げの一手

  4. 4

    早大が全国高校駅伝「花の1区」逸材乱獲 日本人最高記録を大幅更新の増子陽太まで

  5. 5

    timelesz篠塚大輝“炎上”より深刻な佐藤勝利の豹変…《ケンティとマリウス戻ってきて》とファン懇願

  1. 6

    早瀬ノエルに鎮西寿々歌が相次ぎダウン…FRUITS ZIPPERも迎えてしまった超多忙アイドルの“通過儀礼”

  2. 7

    国民民主党“激ヤバ”女性議員ついに書類送検! 野党支持率でトップ返り咲きも玉木代表は苦悶

  3. 8

    池松壮亮&河合優実「業界一多忙カップル」ついにゴールインへ…交際発覚から2年半で“唯一の不安”も払拭か

  4. 9

    波瑠のゴールインだけじゃない? 年末年始スクープもしくは結婚発表が予想される大注目ビッグカップル7組総ざらい!

  5. 10

    アヤックス冨安健洋はJISSでのリハビリが奏功 「ガラスの下半身」返上し目指すはW杯優勝