「カイメン すてきなスカスカ」椿玲未著

公開日: 更新日:

 カイメン=海綿は、文字通り綿のようにフワフワしてスカスカ。身近なものとしては切手や印紙を濡らす事務用スポンジがある。それ以外にカイメンのイメージというと正直思い浮かばない。そもそもカイメンって、植物なのか動物なのか。海辺の岩場でよく見られるありふれた生き物なのだそうだが、イソギンチャクなどに比べると地味で存在感が薄い。しかし実は「シンプルでありながら機能的、地味に見えて意外と軽快、そして時には生態系全体に大きなインパクトを与える」と著者はいう。

 古代ギリシャでは、カイメンは入浴や掃除に用いられていたほか、女性の生理用品、画材、医療用品、水筒など多岐にわたって用いられた。日本でも江戸時代の花街では生理用品や避妊具として使用されていた。現在でもエーゲ海の島々ではカイメン漁が盛んで貴重な観光資源にもなっているし、カイメンに含まれる物質をもとに抗がん剤が開発されており、決して地味な存在だけではないことを教えてくれる。

 カイメンには心臓や胃腸などの器官が一切なく、岩のようにジッとして動かず、水中に漂う植物プランクトンなどをこしとって食べる極めて原始的で、一説には最古の動物とされてもいる。スカスカの体は極めて融通無碍(むげ)で、カイメンを細胞レベルにすりつぶしても死なず、それどころかひとりで細胞が再集合してカイメンの姿に戻る。中には1万年以上生き続けているカイメンもいるという(この驚異的な記録、なぜかほとんど話題にならないと著者は嘆いている)。また、カイメンにとって水路は命綱で、水路をキレイに保つ巧妙な仕組みももっている。

 その他、イルカの中には口吻(こうふん)の先にカイメンをくわえ、ゴツゴツした海底で傷つかないようにしている。しかもカイメンを利用するイルカはすべて血縁関係にあるというから驚きだ。

 まだ謎の多いカイメンだが、本書には著者のカイメンに対する愛情があふれており、地味からユニークな存在への大転換が図られている。 <狸>

(岩波書店 1760円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    注目集まる「キャスター」後の永野芽郁の俳優人生…テレビ局が起用しづらい「業界内の暗黙ルール」とは

  4. 4

    柳田悠岐の戦線復帰に球団内外で「微妙な温度差」…ソフトBは決して歓迎ムードだけじゃない

  5. 5

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    ローラの「田植え」素足だけでないもう1つのトバッチリ…“パソナ案件”ジローラモと同列扱いに

  3. 8

    ヤクルト高津監督「途中休養Xデー」が話題だが…球団関係者から聞こえる「意外な展望」

  4. 9

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 10

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?